月別アーカイブ: 2012年11月

おにぎりバイキング

1月で2歳になる娘は、しばらく、いわゆるムラ食いが続いていました。

ごはんのプレートのうち、味噌汁をまず飲み、ごはんは食べずに野菜だけつついて、はい(ごちそうさま)、とお皿を返されていましたが、最近食欲を盛り返してきました。

食べるものを見ると

「へへへー」

「うひょひょーー」と走り寄ってきます。もともと非常に感情表現の豊かな人です。

お昼は「おにぎりバイキング」と称して、しらす、しらす・ごま、かつおぶし、焼きたらこのおにぎりと焼きおにぎりを小さくつくり、お皿に並べて好きなものを取らせました。お米をたくさん食べてくれるのが、一番ありがたいです(コスト的にも)。

 

あーさん、食べる?と聞くと、「うんーー!」と言って満面の笑みで大きく頷くさまを見るのが、母は大好きです。

大人二人、3歳と1歳の小人二人というのに、朝、昼ですでにお米4.5合を消費。

酢飯にするともっと人気で、きょうも夕飯のごはんが足りず、やむなくパスタを茹でました。

幸せな食欲です。


たいようさんって

週末は雪の予報です。

この季節になると、なおさら太陽のあたたかみを貴重なものに感じます。

 

ところでうちの息子は「たいようさん」は何でもしてくれると思っています。

転んだりして痛い思いをしたとき

「たいようさんがなおしてくれる?」

服が汚れてしまったとき

「たいようさんがきれいにしてくれる?」

私が台所で手に切り傷を作ったというと

「たいようさんがよくしてくれるよね」

もっと小さいころ、濡れた服を乾かしてもらって以来、たいようさんってすごいと思っているみたいです。

たいようさんへのまっすぐな憧憬。

私もそれを忘れずにいたいと思います。


きょうの小話

子供をお昼寝させるために二階に上がったら

息子がはしゃぎまわっているうちに

ごつーんと壁にぶつかりました。

「かべもいたかったねー、ごめんなさいねー」と息子。

あわただしい一日の中で、一服の清涼剤のような、さわやかな一言でした。


夫の日記

主人とその実家は、よく言えば非常に物持ちがよく、主人と二人の義妹の参考書や教科書類がいまでに取ってあります。

少しずつ身軽にしたら、と、実家の棚の中にある主人の分のそういった書籍類を処分することにしました。

ノート、参考書、教科書。なんと小学校時代から高校のものまで、300冊余りはあったのではないでしょうか。

高い棚に入っていたので、それを下ろしてまとめました。

 

その中にノート数ページ分の主人の日記らしきものを見つけました。

そういう習慣はない人なので、誰かに言われて書いたものなのでしょうか。学校の先生らしい人のコメントもついていました。

 

主人は小学校のときに、東京の病院で大きな手術を4度受けています。

日記はその時期のもののようでした。

ちょうどクリスマスから年明けにかけてで、一日分は3行ほど。

友達が退院したり、外泊したりといった病室の変化や、年末年始の入院生活の様子に、少しさびしさがうかがえました。

入院で勉強が遅れてはいけないと病室で義母は一生懸命、主人にドリルをやらせていたと言います。

そのドリルも取ってありました。

小学生の身で一人入院して何度も全身麻酔の手術を受け、街が華やぐ時期に病院生活を送っていた子供のころの主人を、リアルに感じました。

そういえば、以前、私が子供のチャイルドシートのカバーの洗濯に往生していると、主人が器用に足踏み洗濯をしてくれて、入院していたときに病院で大人がやっているのを見て覚えた、と言っていました。

 

ところで今ではなかなかそうはいかないでしょうが、当時の主治医の先生とはお宅に遊びに行ったりして実に親しくさせていただいたそうです。

その先生は3年ほど前に亡くなり、奥様が「子供が好きだったので、お子さんをお連れになったら喜びましたでしょうに」という丁寧なお手紙をくださいました。

実にあたたかいご縁に恵まれ、いろいろな経験があって、今の懐の深い主人がいるのだという気がしました。


日々たくましく

12月上旬まで何かと立て込んでいて、あわただしく過ごしています。

昨日は午前中に生長の家の教化部で勉強会で、その前に用事で立ち寄る場所がありました。

主人のお昼と持参する子供のお弁当を作り、資源回収の日だったのでそれを出して行かねばならず、朝からバタバタ。

ようやく一通り準備して、紙資源を運び出して帰ってくると、「ぼくたちもうごはんたべてるから!」と息子が言います。

明け方まで仕事をしていた主人が起きて食べさせてくれたのかと思いきや、自分たちで踏み台を使ってカウンターの上のお皿を取って着々と食べ始めていたのでした。

もともとテレビの幼児番組をつけていたので、それを見ながら二人で悠々と食事をしている姿に、何ともいえない頼もしさを感じました。

(テレビはその後消しましたよ)

おかげで、予定通りに家を出ることができ、時間前に教化部に着きました。

日々、たくましさを増す子供たちです。

 


ストック

一昨日、娘の髪の毛を切りに、主人が子どものころからなじみの理髪店に行くと、おばさんが終わった後におせんべいをくださいました。

おにいちゃんにもね、ということで、留守番の息子の分も入れて計4枚。

帰ってきて息子に報告すると、2枚を取り出してテーブルに置き、2枚を持って台所の中へ。

踏み台も引きずっています。

「これはあしたのおやつにとっとくから!」と言って踏み台に乗り、私がおやつ類を入れている戸棚に入れているではありませんかー。

つまり2枚は自分と妹で食べるけれど、あとの2枚は次のおやつに取っておくということ。

主人に話すと

「チッ、こっそり食べられないじゃいか!」(←冗談です)と言い、続けて

「ストックするという発想は我々にはないね」と言いました。

はい、我々はすぐ食べてしまう人たちです~~。

推測ですが、たぶん娘も私たちと同じ星の人です。

息子の個性と成長をまた感じた一日でした。


洋服管理

きょうも冷たい雨の一日。雨と雷の多いこの季節を迎えると、冬の到来を感じます。

朝食後の時間を使って、衣類の整理をしました。

 

人に会う職業だということもあって、独身時代にはガンガン洋服を買っていました。

多いのはジャケット+スカートというスタイル。

これが仕事の時は別として、子育て中はなかなか使いにくいアイテムです。

その上、20代のころに買った服は、黒っぽい色が多く、そのままでは着づらいものが。

若いころ、黒を好む人は多く、実際若ければ似合うと思いますが、30代になってくるとくすんで見えてしまうからです。

さらに年齢を重ねてくると、それなりに投資した服でもデザイン的に全然似合わない、という問題が発生。

というわけで、ここ数年、着ない服は、どんどんリサイクルに出しています。

 

最近、姉に譲ってもらった服も相当数あるのですが、テイストが全然違って着こなせていないものがあるので、これらを中心に

コーディネート研究(という大仰なものではありませんが。。。)です。

着る機会の少ない服を中心に、どの組み合わせなら着られるか、冬物を全部引っ張り出して点検し、着れそうなコーディネートをデジカメに収めました。

意外と合う色、デザインが見つかり、何を買い足せばいいかも見えてきました。

 

こうして服を点検してみると、似たような服をつい買ってしまっているケースが多いと言います。

私にも確かにその傾向があり、それでいて肝心なものが欠けているという実情。

これからは手持ちの服は極力数を抑え、シンプルに長く使えるものを求めていけたらいいな、と思っています。


昨日の小話

昨日、実家の父が知り合いのりんご園に注文してくれていたりんごが一箱届きました。

山口の島根県寄りにある徳佐という地域には、スキー場があり、りんごの産地でもあります。

ひところ、りんごの南限と言われていましたが、今もそうなのでしょうか。

蜜が見た目にもたっぷりなのが特徴です。

 

体調不良の子どもたちも、りんごの箱に歓声を上げました。

息子が一つ持ってお仏壇へお供えし

「ほとけさま、やまぐちからりんごがとどきましたよ。どうぞ~」と言ってチーンとおりんを鳴らしていました。

心温まる光景でした。

 


日常の奇跡~生き返った携帯電話

4日ぶりの更新です。

七五三のお参りをした14日の夜、近くに住む義母が、激しい嘔吐と下痢に苦しみ始めました。

何か食べ物にあたったのだろうか、と言っていたら、翌15日、私も気分が悪くなって嘔吐し、主人もお腹を下し。

(義父もお腹をこわしましたが、こちらは構わずゴルフの打ちっぱなしに出かけていきました。。。)

この感じ、身に覚えがあります。

ノロウイルス。

ちょうど2年前にも同じ症状になりました。

私は嘔吐だけで、主人はおなかだけなのも同じ。

こうなるとひたすら寝て通り過ぎるのを待つだけです。

訪ねてきていた実家の父には何事もなかったのが幸いでした。

 

私と主人がようやく落ち着いてきたと思ったら、今度は娘が夜中に嘔吐。翌日に下痢。

その日にいつもは健康花丸印の息子も嘔吐。やがて下痢。

子供二人は嘔吐や下痢をしつつも元気で遊びまわっているのが幸いでした。

しかし最初に嘔吐が続く状態では、ひっきりなしに洗濯物が発生。

シーツ、布団カバー、パジャマ、抱いているときであれば私や主人の服も。。。

というわけでバケツは満員御礼。洗濯機もフル稼働していました。

そんなとき、ひっかけていたはんてんにも少し娘の吐しゃ物が飛び散り、少し水に浸してあわてて洗濯機へ。

ポケットに携帯電話を入れたままだと気づいたのは、脱水も残り5分という状態でした。

 

先月、他社から乗り換えて買ったばかりのiphone5。

修理をしたとしても、違約金を払って解約したとしてもかなりの高額です。

家族全員の体調不良に携帯電話の洗濯。

その上この前日買ってきた「お刺身用」と書かれたイカには、もろにアニキサス風の虫あ5匹もついていて食べるのを断念しました。

洗濯の件は不注意とはいえ、泣き面に蜂というのはこういう状態でしょうか。

主人が「ぶははは、やっちまったねー」と明るく笑い飛ばしてくれたことに救われました。

これを機に携帯を持つのをやめようかと思いましたが、「(乾燥剤の)シリカゲルと一緒にしておくと水分を出して直ることがあるらしいよ」と食器棚をごそごそしながら主人。

シリカゲルはないので、精米したお米をボウルに入れてその中に入れておきました。

お米の中に、というのも主人が以前ネットか何かで読んだそうです。

 

こういうときに悲観的な気分に浸っているとよくないことが次々起こるパターンです。

腹が立たなくていいことにイライラしたり、八つ当たり気味になるー

こういうときは運命の回転数を変える気分になることにします。頭の中で猛烈にペダルをこぐイメージ。

ぶつぶつ負の気持ちが湧いてきたら、ありがとうございます、と唱えることに変える。

まずは合間を見て年賀状書きを完成。

月末にかかるいろいろな作業も、夜中にがががっと終えました。

出すべき郵便物なども月末には多いので、そのスタンバイも完了。

主人に頼まれていた仕事も、子供と一緒にテレビを見ながら完成。

 

そうこうしているうちに2日が過ぎました。

2日間、お米のボウルの中で眠っていた携帯電話に今朝、主人が電源を入れてみると、入るではありませんかー!

通話も普通にでき、機能も問題なし。

完全に乾燥させるにあたり、途中で電源を入れないことがポイントだそうですが、実は主人にくぎを刺される前にばしばし電源を入れていた私。。。。

絶対無理だろうと思いましたが、携帯はちゃんと復活していました。

 

携帯電話もよくがんばりましたが、お米ってすごいと思いました。

水分をしっかり吸い取ってくれたであろうお米は、今晩大事にいただきます。

 

陰極は必ず陽転する、とオーバーにも思ったことでした。

長々と読んでいただき、ありがとうございました☆


父来たる、父帰る

実家の父が山口から訪ねてきて2泊し、昨日のお昼すぎに帰って行きました。

18歳のときに上京して以来、故郷以外で会う父は小さく見える気がして苦手だ・・と常々思っていましたが、70を少し超えてもとても元気でした。

身支度やおみやげなど細部にわたって、母親が真心を尽くしている様子がうかがえ、こちらにも感謝でした。

 

私が帰省するのは1年に1度か、多くても2度。

父が新潟に来るのは結婚式を除いて2度目です。

子供たちにとっても、そうそう会えるわけではない「おじじ」はいったい、どんな存在なのだろうと思っていましたが、あっという間になついていました。

娘は本を引っ張ってきては読んでくれるようせがみ、息子はいすに座っている父のとなりに自分の子供いすを引っ張って行って、覗き込むように会話をしていました。

父が少し横になろうかというと、すかさず息子がふとんを敷き、どうぞ、と言っているのをとてもほほえましく思いました。

 

帰る日の午前中、子供たちにいなり寿司を作ってもらいました。

材料は私が調え、油揚げは煮ておきましたが、ごはんの味付けと詰める作業は父+子供たちです。

娘は「おいちーおいちー」と詰めるはずのスプーンを持ったまま、大きなボウルのごはんをどんどん食べてしまっていました。

息子はスプーンでごはんを詰め、それを父が調えていきました。

 

空港に送って行くと、子供たちはお昼寝の時間でもあり、シートにもたれて寝ていました。

父が「バイバイ」と声をかけると、息子は夢うつつに手を振り、娘は「元気でね」という呼びかけに、目を閉じたままこくんと頷きました。

家に帰ってから、息子はつい父がいるかのように思うのか、「おじじー」と呼びかけて、いないんだった!というような顔をしていました。

 

父が元気でいること、会いに来てくれることをとてもありがたく思いました。

 

昨日の夕方に山口に帰り、今朝はいつも通り元気に仕事に出かけたと言います。

家に電話をかけたら、もう出かけたあとで、電話に出た母が「とてもいい顔をしていた」と言いました。

ほとんど目の見えない祖母も「そうじゃね、とてもいい顔じゃったね」と言っていたそうです。