月別アーカイブ: 2012年8月

きょうだい愛

朝、朝食が終わり、主人と息子に小さなぶどうを出しました。

娘はいろいろと説得してもごはんをたくさん残したので、ありません。

そのように話すと、当然、娘はわんわんと抗議を始めました。

すると息子が、自分のお皿のぶどうをむいて、渡してやっていました。

「あーちゃんはじぶんじゃあむけないからね。いっしょにたべるね」と言って、むいては渡し、時折、ふきんで妹の手を拭いてやっていました。

「おいしい?」と娘に聞き

娘が「おいちい」と頷くと、

「よかったね」と言います。

1歳と2歳のきょうだい、すごいねーと主人と感嘆しました。


祭りは神事 新発田まつり

新発田まつりが今日29日で最終日です。

このお祭りは、市内総鎮守、新発田諏訪神社の例祭をもとにしたお祭りです。

祭りの華は、台輪と呼ばれる三輪の山車。

1700年代に当時の藩主が飾り人形の屋台を出すようにお触れを出したことが始まり、と言われます。

普段は保管場所で窓越しに見ることができる台輪もいくつかはありますが、間近で見ることができるのはこのお祭りの期間だけです。例祭中、諏訪神社の境内に並んでいる美しい台輪を見るのがとても好きです。

 

 

 

 

 

27日の早朝は「奉納台輪」。

朝早くに、台輪は保管されている6つの地区を出発し、「わっしょい」のかけ声や木遣りとともに、諏訪神社を目指します。

三輪の台輪の前輪を持ち上げて激しく打ち付ける「あおり」が新発田台輪の特徴です。

29日の最終日、台輪は再び各地区へ。

6つの台輪が競り合い、ぶつかり合いながら進む「帰り台輪」は別名「喧嘩台輪」と呼ばれます。

町の中心部では、6つの台輪がそろって「あおり」を披露し、祭りは最高潮に達します。

台輪にはそれぞれ、旧町名を基にしていると思われる「下町わ組台輪」「三ノ町い組台輪」「四ノ町し組台輪」などと言った名称がついています。味わい深く、名前の記された提灯やはっぴを見るだけでいつもうれしくなります。

 

・・・と書いていますが、実は「奉納台輪」を見たことはあるものの、今まで「帰り台輪」を見たことがありませんでした。

昔ほどではないにせよ、もみ合いもあり、混雑もあり、妊婦や乳児連れはやめた方がいいと言われるからです。

今年は子供もそれなりに大きくなったので、初めて見ることができました。

子供のころ、怖い思いもしたという主人は、今は昔ほど荒っぽくないと言います。

 

台輪には祭りの関係者が乗り込んでいて、先頭部には「頭取」「副頭取」「小頭」と書かれた提灯を手にした人たちが立っています。

「奉納台輪」のときには、そんなには思わなかったのですが、激しく上下に打ち付けられる台輪の先頭で、この方々は全く姿勢を崩さずに立って、組の男衆を仕切っていました。

沿道との境では消防団の方々などが紅白の幕を持って立っていて、台輪の男衆がなだれ込まないようにしてくださっている形でした。

台輪を曳く人の中には、軽いけがをして沿道で手当てを受けている人のほか、救急車で運ばれている人もいるようでした。

一年で一番、新発田に活気があるのは、祭りのこの3日間のように思います。お盆ではなくこの祭りに合わせて帰省する若い人たちも多いと聞きます。その気持ちがわかるような気がします。

 

 

 

 

 

台輪は各地区の氏神さまのもとを出発して、諏訪神社に奉納され、そして再び戻っていきます。

お祭りの期間中は、子供も大人もみんな諏訪神社に参拝します。

神とともにある祭りです。

古式ゆかしく行われているという、例祭中の移御式、渡御式についても、今後詳しく知りたいと思っています。


金魚台輪

新発田まつり、開催中です。

きょうは町内の金魚台輪のパレードに参加しました。

 

 

 

 

 

金魚の形をした三輪の山車です。

金魚台輪は新発田に昔から伝わる郷土玩具で、新発田藩の藩主が、子供のためにと考えだした、と言われています。

藩主自身が金魚好きだったという説もあります。

いずれにしろ、金魚は赤くておめでたい感じがしますね。

手のひらサイズの手作り金魚台輪も、あちらこちらで見かけますが、この大型のものが、祭りの際にあちらこちらで子供たちによって引きまわされます。

一昨年、我が家が住んでいたのは、新興住宅地でしたが、そこにも金魚台輪があり、祭りの際にはパレードが行われました。

パンフレットによると、約50の金魚台輪が今年も出ているようです。

 

きょうのコースはほぼ30分弱で、町内を練り歩きます。

子供たちは、開始30分前から玄関前で、「まだ~?」と言って待ちくたびれていました。

子供の少ない町内ですが、離れて住む住人のお孫さんたちも加わってにぎやかに「わっしょい」のかけ声をかけながら歩きました。

住宅街の単調なコースであることもあり、幼児にはなかなかハードルが高かったようで、ほかのお子さんも休んだり、抱っこしてもらったりでした。

息子も途中で、「抱っこ」というので、ところどころ、抱えながら歩きました。

驚愕したのは娘で、昨日、義父母の町内のパレードに参加したときもそうでしたが、てくてくとよく歩くのです。

みんなが歩いているので、歩くものだと思っているようです。

 

少しずつ遅れ始めましたが、本人は歩く気満々なので、しばらく見守りました。

そのうちくるりと振り返って「抱っこ」の意思を見せるので、義父が抱いてくれました。

安心して振り向くと、もう娘は爆睡していました。

朝は5時から起きていたので、限界まで歩いたようです。

熱中症で失神したのかと思いきや、そうではなく。

終わって家に帰って寝かせましたが、水分不足ではまずいだろうと起こして飲ませると、もう元気に遊びまわっていました。

お昼にはそうめんを1本も残さずにたいらげ、きょうも安定した力強さに主人と感嘆しました。


祭りの季節の長い散歩

きょうは夕方になり、娘を散髪に連れて行くことにしました。

今までは自分で切ったり、義父に切ってもらったりもしていましたが、肩から5センチ以上下まで伸びてしまいました。

主人も切ってもらうというので、息子も一緒に4人で行きました。

主人が子供のころから行きつけの、ご近所のお店です。

切ってもらう間、娘は鏡に映る自分の姿を見てすましていました。

それを見て、息子が「あーちゃん、うぇんうぇん泣かないね」と言い、お店の人の笑いを誘っていました。

後ろ髪を調え、前髪を短めにしてもらいました。

その間、息子は主人と一緒に絵本を読んでいました。主人は、息子がほとんどの動物を覚えていることに驚いていました。

この夏は主人が忙しく、あまり一緒に出掛ける機会がないのですが、楽しく、のんびりとした束の間の時間でした。

 

その後、切ってもらう主人と別れて、商店街へ散歩に行きました。

きょうから「城下町新発田祭り」が本格的に始まります。

町のあちらこちらに、台輪と呼ばれる山車が出ていました。

「わっしょい」の声に心が弾むのは息子も同じらしく、「もっと見る」というので、もっと遠くまで歩くことにしました。

着物屋さんのショーウインドーにはさりげなく祭りのはっぴがディスプレイされ、飲食店の入り口には大きな「祭」のうちわが飾られていました。

祭りのわくわく感が、町を包んでいます。

 

諏訪神社に参拝した帰り、いつもは通りがかったことのないペットショップのウインドーから、生まれて間もない柴犬が2匹見えて、息子が張り付いてずっと見ていました。

お店の中に入ってみたいというのを押しとどめていると、飼い犬をトリミングに出していた様子のおじいさんが店から出てきて、自分の持っていたゲージを開け、息子に触らせてくれました。小さいトイプードルで、息子は大満足でした。

1時間近くも長く歩いて、家に帰りました。

お祭りのことは、明日また詳しく書こうと思います。


手づくりずんだ

私の主人は枝豆を加工することを好みません。

一昨年、息子の離乳食にと枝豆豆腐を作ったらがっくりされました。さらに息子も食べなくてがっかりしました。

新潟の枝豆はとてもおいしく、茹でてそのまま食べるのがベストなので、もっともなのですが、ずんだを作って食べたいと思っていました。

そんな時、スーパーでちょっとグレードが落ちる感じの枝豆が、驚愕するぐらいの単位で大安売りされていたので、加工用に買ってきました。

 

ずんだを知ったのは大人になってからのように思います。最近はスナック菓子や創作スイーツにも使われて、以前より認知度が上がりましたね。いつこの味を覚えたのか記憶にありませんが、デパートで「ずんだ」の看板を見ると、ついふらっと近づいてしまう時期がありました。

 

ずんだを作りたいと思ったのは、「おいピータン」というマンガを読んでからです。

これは私の愛読している食べ物マンガのひとつで、善人のキャラクターばかりが登場し、テーマは食べ物のウンチク的なもの。

この中で、仕事が忙しい夫婦が、冷凍枝豆を買ってきて、ずんだを作りながらいろいろな会話をする、というシーンがありました。

本来は塩と砂糖だけで作ることが多いようですが、この本に出てくる描写にならって、煮切ったみりんと酒を加えることにしました。

 

暑いので、大量の枝豆を茹でるだけで大仕事の感があります。

大なべに5回分、茹でました。

実を取り出し、薄皮をむきます。

息子も少し手伝ってくれました。

娘は薄皮は難しかったようで、粉々に潰していました~。

アンパンマンのDVDを見ながら、ひたすら地道に作業をしました。

 

あまりにたくさんの枝豆なので、3分の2はそのまま冷凍します。

かきあげやさつまあげを作るとき、チャーハンなどにも重宝しそうです。

残りをずんだにします。

 

すり鉢でする方がおいしいのはわかっていますが、薄皮をむくところまでで気力を使い果たしたので、ブレンダーを使いました。

仕上げだけすり鉢ですりました。

味見しながら砂糖を加え、煮切っておいたみりんと酒(1:1ぐらいの量にしてみました)を少しずつ入れて練り上げます。

最後に塩を入れて完成。

手づくりずんだがよいのは、甘味が調整できるところです。白玉だんごにかけていただこうと思いましたが、もはや夕方だったので、明日にすることにしました。

枝豆の香りいっぱいで、幸せな甘味です。

 

 


具沢山のちらし寿司

谷口純子先生の「おいしいノーミート 四季の恵み弁当」の44ページに「具沢山のちらし寿司弁当」が載っています。

ちらし寿司の具に高野豆腐という発想がなかったので、最初は驚きました。

その後、スーパーの高野豆腐の売り場で見てみると、パッケージのレシピに高野豆腐入りのちらし寿司が紹介されていたり、それ向けに刻んで売ってあるものもあり、よくある使い方だと知りました。

マクロビでよく高野豆腐を刻んでそぼろ風にしたりなんだりというメニューを見かけますが、刻んで使うというのはもとからある食べ方なのですね。

 

というわけで、作ってみました。

今夜は主人が仕事先で夜間に作業をすると言い、夕飯弁当持参です。

ちらし寿司の具はしいたけ、にんじん、上に錦糸卵と青紫蘇が乗っています。

ほかにおかずは、もちきびとかぼちゃのコロッケ、なすのみそ炒め、きゅうりの酢の物、庭で採れたカラーピーマンなど。

もちきびはよくオートミールと一緒にコロッケなどに使われているのを見かける気がしますが、主人がオートミールを好まないので、煮たもちきびと蒸したカボチャ、刻んだ玉ねぎと塩で作りました。

 

きょうは主人も私もあちらこちらへ外出だったので、主人の分はお昼も弁当を用意しておきました。

混ぜごはんのおにぎり、ちくわのいそべ揚げ、きゅうりの酢の物、ラップサンドです。

ラップサンドは「マクロビオティックベースカフェの野菜のお弁当」に載っていました。

クレープ生地はコーンミールと地粉がベースです。

中身はこれまた同書に載っていた、高野豆腐のサルサ。

刻んだ高野豆腐にトマト、タマネギ、金時豆を、昆布や味噌、しょうゆなどで煮るものので、????と思われる方が多いと思いますが、これがオレガノがすごくいい仕事をしておいしいんです。

やはり紹介されていた豆乳+白みそ+レモンのソースをかけていただくと、あっさりしたマヨネーズみたいな感じで、主人がOKサインを出した数少ないマクロビ系メニューでもありました。

主人はクレープ好きなので、これは大丈夫だろうと思っていましたが、「豆が多すぎる」と言って1つは返品されてきました・・・・・。

私はこのラップサンド、かなり気に入っていたんですが、残念なお知らせでした。

 

 


通院終了!

1歳半の娘を連れて、総合病院の小児科へ行きました。

以前も書いたことがありますが、娘は帝王切開で生まれた直後、ごく軽い呼吸障害や低血糖があり、2週間、NICU(新生児集中治療室)に入院していました。徹底して検査をするうちに、あれもこれもといろいろ指摘され、結局は何でもなかったのですが、多少、鉄分が足りていないというので、その後も経過観察の通院が続いていました。

予約は毎回入れていますが、時間がずれることももちろんあるうえ、そもそも採血の結果が出るのに1時間かかるため、少なくとも予約の1時間前に到着するように出かけます。病院は車ですぐなのですが、結局は家を出てから帰りつくまで、計3-4時間のお仕事。1歳5か月違いの息子も毎回連れて行きましたが、午後からのもっとも眠い時間であるにもかかわらず、本当によく頑張って待っていてくれました。

 

今日も午後の予約でしたが、お昼前ごろ、主人がチャイルドシートのついている車に乗って出かけていることに気づきました。病院までは大人の足で歩いて25-30分で行けますが、この炎天下に娘を背負い、三輪車に息子を乗せて行くのは少々厳しそう。

息子にどうするか聞いたら、「おんぶ」と即答。さすがに却下。

そうでなければ「おじじのいえ」というので、近くに住む義父母に、息子だけ預かってもらうことにしました。

主人は帰ってきて、車は使えることになったのですが、息子が行きたがっていたので、やはり義父に頼んで出かけました。

 

採血の際、子供を看護師さんに預けるので、直接はちっちゃい手の甲に針が刺さるところを見たことはありません。

でも毎回のように、それはそれは力強い泣き声が聞こえ、隣にいる息子が「あーちゃんが泣いてる」と言っていました。

きょうもやはり泣いている声が聞こえましたが、注射針のあとがあったのは大人と同じようにぷくぷくした腕の関節でした。

そんなことにも、成長を感じました。

 

検査が終わったあとの待ち時間、備え付けの絵本を何冊か読みましたが、飽きて娘はグズグズ。

却って息子がいた方が、彼女の気は紛れたようです。

手遊びをし、小声で歌を歌い、外の景色を見せ、何とかやり過ごしているところでようやく診察室に呼ばれました。

鉄は相変わらず足りていませんでしたが、「きょうで卒業ね」という先生の言葉をうれしく聞きました。

 

帰りに病院の売店で、娘にジュース、自分にカフェオレを買い、車の中で乾杯して飲みました。

息子を迎えに行くと、まったく昼寝をしなかったそうで、目がうつろでした。

義父母はいつもそれぞれの趣味や市民活動に多忙で、ほとんどいないこともあって、これだけ長時間息子を預けたのは初めてです。

途中、眠くなって、「うちにかえりたい」と言っていたそうですが、トイレも自分で教え、義父にサポートしてもらって、ちゃんとできたということでした。

 

ありがたいことに、娘は風邪を引くこともなく、おなかをこわすようなことすらなく、ひたすら健康印で成長中です。

心配はしていませんでしたが、やはりこの「卒業」はうれしいものです。

息子も娘も、それぞれに頑張った一日でした。


塩の仕事ーカボチャの塩煮

午後、実家へ行っていた主人がカボチャをひとつ下げて帰ってきました。

義父母が市民農園で作ったカボチャでした。

嬉しすぎて、玄関で小躍りどころか、かなり本格的に踊りました。

きょうはカボチャだけ、近くのミニスーパーへ買いに行きたいなあと思っていたからです。

嬉しすぎて、写真も撮らずに、ガンガン調理してしまいました。

作り置きのコロッケの生地を仕上げて小分けしたあとで、思い立って残りを普通に塩で煮ました。

私はしょうゆで甘辛く煮たカボチャに親しんでいましたが、ある方から、塩だけで煮るのがおいしいよ~と教えていただいたからです。塩の量の目安は1%です。(→加筆しました!)

なるほど、余計な調味料が入らない方がすっきりし、ただ引き立てられた甘味だけがくっきりと立ち上ります。

 

義父母は農業とは無縁で、市民農園を借りています。

しかし、もともと器用で凝り性の義父と、植物はみんなよく育って当然、野菜はみんなおいしくできる、と信じて疑わない義母。

二人の作る野菜は、野菜作り2年生とは思えないほどおいしいです。

 

ところで塩は甘味を引き出す、と言います。

以前は、しおっけとあまみが手をつないでいるメルヘンなイメージを勝手に持っていましたが、物質が変化するわけではないですものね。

しょっぱさの方が先に脳に届いて、あとにやってくる甘味の感覚が引き立つということのようです。

引き立て役なんですね。

塩のおかげで、カボチャ本来の甘味が引き立つ。

塩のおかげで、金時豆の煮ものの甘味が引き立つ。

塩の仕事ってすごいなー、人生もそうかも、なーんて思った夕刻でした。


冷やし茶碗蒸し

きょうは母親教室でした。

来客を送り出したあとの夕飯は、何かいつもと違うものを作りたくなります。

来客があると、主人もいつもより早起きをし、駐車場を空けたり、食事の時間を調整したりと惜しみなく協力してくれるので、意識せずに「ありがとう」を表現したくなっているのかもしれません。

 

そんなわけで夕飯に冷やし茶碗蒸しを作りました。

主人は卵が好きで、とりわけ茶碗蒸しが大好物ですが、残暑もまだまだ厳しいので、しっかり冷やしたものにしました。

これは以前姉にもらった、昔むかーしの分厚い料理の本に載っていたものです。

詳しい分量は忘れましたが、出来上がり写真が見るからにさわやかで、夏にいいなあ!と記憶に刻んでいました。

通常の茶碗蒸しよりもやや薄味でつくり、冷やして、上にあんをかけます。

あんは薄口しょうゆとみりんをだし汁に合わせました。

茶碗蒸しは、最初に強火で1-2分、そのあと弱火で20-25分程度で作れば、まず「す」が立つことはありませんが、何らかの理由で見た目が美しくなかった場合のリカバリーにもあんはおすすめです。

 

茶碗蒸し用の器はありますが、めったに使わないガラスのコーヒーカップ(もちろん耐熱)で作ってみました。

ミツバだけを買い足してあとは有り合わせですが、主人が喜んで食べました。

 


トイレトレーニングのその後

息子がトイレで初めて成功したのが8月5日。

その後、目覚ましい進歩を遂げています。

毎晩、寝る前には必ず自主的にトイレに行くようになりました。

4日後には、これまた進んでトイレに行って、ウンチも初成功。

何度か挫折リピートした過去の「パンツ生活」でも、寝ている間におねしょをするということはなかったので、夜も引き続きパンツですが、ふとんを濡らすことはありません。

もちろん、昼間ほとんどトイレに行って成功するかというとそんなことはなく、遊びに夢中になってトイレに行かないというパターンが多発。その上、朝、起きてすぐはぼーっとしているのか、勧めても「でない。行かない」と言って出てしまう確率が高いのですが、なんせ、トイレでできるまでがとてつもなく長かったので、よいよい、トイレでできるようになっただけでよし、パンツを洗濯できるだけで幸せ、という心境です。

子供は、おもらしをしたときにふざけたり、だらっとしていたりすることもあって、私もカチンと来ることがままありますが、本当に心の中では申し訳ないな、と思っているんだといまさらながらわかってきました。

明るく、替えようねー!次は行けるといいねー!と言って終わらせると、とても安心した顔をしています。

最近は、息子をまねしてお手伝い好きになってきた娘が、兄のおもらしのあとを雑巾で拭きたがります。

私が雑巾を持ってくるまでに、手近な兄の服や食卓ふきんで拭いていることもーー。

娘の足も「水たまり」に踏み入れてびしょびしょになっていたりするわけですが、こういうときは、少なくとも息子の着替えがすむまで、好きにさせるようにしています(ぞうきんは渡しますが)。

反射的に汚いよ!やめて!などとつい言ってしまいそうですが、これは禁句ですね。

 

ところで、自宅では親子ともできる自信をつけていますが、出先ではまだまだと思っていました。

近所の義父母の家の洋式トイレでは、たとえ補助便座を持参しても、トイレに行きたくなると、息子はおもちゃを片づけて自宅に帰ってきていたからです。

それが、昨日、生長の家の会議でお邪魔したお宅のトイレで、初めて成功しました。

便器が一段高くなっている昔ながらの和式で、これはまだまだだろうと一応トレーニングパンツを履かせていたのでした。

息子は察しがよいので、トレーニングパンツをはかせるときの表情から推察して、よそのお宅でおもらしをしてはいけないんだ、と思って自分なりに頑張ったのではないかと思います。

このお宅には会議で2時間半近くお邪魔しましたが、息子のトイレに付き合うこと実に7回でした。頑張りました(私も)。

 

長い長いトイレトレーニング(今も継続中ですが)を通して、子供は大人が思う以上にセンシティブで、いろいろなことを考えていて、そしてたくましいということを感じています。

ところで先日、久しぶりに公園に行ったら、息子が進んでかなり高度のある滑り台に昇り、一人で楽しそうに滑っているのに驚きました。

これまでは「しーだい(すべりだい)いこう」と行っても、公園に着くとしり込みして、義父に「何しに来たんだ!」と叱咤されていたからです。

トイレの成功が、生活のいろいろな自信につながっているのだと思います。

だから、子育てってやっぱり面白い。と思うのです。