月別アーカイブ: 2012年7月

酒田へ短い旅

山形県酒田市へ行ってきました。

最上川の河口に拓けた港町です。

長い長い新潟を抜けて山形に入ると、そんなに遠くはありません。

本間氏別邸庭園。

酒田の豪商、本間家が港湾労働者の冬季失業対策に作ったと言われ、北前船で運ばれた諸国の銘石が用いられています。

東北も暑い一日でしたが、静寂の中を涼しい風が吹き抜けていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして庄内のシンボル、山居倉庫(さんきょそうこ、右)を訪ねました。

山居倉庫は明治時代に建てられ、今も一部は現役で使われている農業倉庫です。

「おしん」のロケ舞台ともなりました。

知人の撮った夕焼けの山居倉庫の写真を見たことが、今回の旅のきっかけになりました。

山居倉庫の後ろ側には、けやき並木が連なっています。

倉庫の夏の高温防止のために背後に植えられたということです。

このけやき並木の 下は、とても涼やかな風が吹いていました。

倉庫の反対側は川に面しているのですが、そちらの灼熱とは比べ物にならない涼しさで、樹木の力と、自然を生かした先人の知恵に感動しました。


一人で散髪台

2歳の息子を理髪店に連れて行きました。

彼は生まれたときから髪の毛が豊富で、生後半年の時から、理髪店で切ってもらっています。

どんなに急いでいただいても10-15分くらいはかかるのですが、彼は最初から切ってもらう間、待つことができる人でした。

 

娘が生まれて、今の家に引っ越した昨年からは、主人が子供のころから今に至るまで切ってもらっているご近所のお店にお願いしています。

徒歩500メートルかそこらの距離ですが、娘をおんぶして、息子を連れて、ベビーカーをかついで行きます。

ベビーカーは、息子を私のひざに乗せて切ってもらう間、娘を座らせておくためです。

最初から娘をベビーカーに乗せて行こうとすると、息子が「自分も乗りたい」と言うのでーいわゆるB型で、2歳までは乗ることができますー、かついで行くというわけです。

 

ところが、息子は今は三輪車を愛用中。でもほとんど自分ではこがずに、私が押しているので、さらにベビーカーをかついでというのは難しい。でも待っている間、娘が店内でおとなしく椅子に座っていられるとも考えにくい。

そんなわけで、なかなか切りに行かないうちに、息子の髪の毛がすっかり伸びてしまいました。

 

行ってから考えようと、ベビーカーは持たずに、娘を背負い、息子を三輪車に乗せて行きました。

着いて、「一人で散髪台に座れないかな」と本人に聞いてみると、お店の人が散髪台の上に乗せて使うクッションを出してくださいました。

息子はおとなしくその上に座り、散髪がスタート。

私は娘を背負ったまま、うろうろしていましたが、息子はいつも通り、ぐっと一文字に唇を結んで、鏡の中の自分を見つめていました。

息子が一人で散髪台に座って髪の毛を切ってもらう、ただそれだけのことだったのですが、その姿が頼もしく思え、飛び上がるほど私にはうれしく感じられました。

さっぱりして、店主の女性にお菓子をもらって、上機嫌で帰ってきた息子でした。

きょうもまた、私にとっては記念日です。


母親教室

自宅で母親教室を始めました。

以前から念願していましたが、条件が整い、時機を迎えました。

母親教室とは、生長の家が全国約2500か所で開催していて、子育てや夫婦の調和など、楽しい家庭生活の秘訣を学ぶ場です。

こちらもご参考にどうぞ。

どなたでも参加できます。

今回は、生長の家の話をはじめて聞く、私の友人も参加してくれました。

最初に講師の先生の講話をお聞きしました。

 

神の子は神が育てるから、何にも心配に思う必要はないということ。

親子は体は別々でも、心は一つだから、夫婦が仲良く調和すれば、子供はそのままで素晴らしくなるということ。

それぞれの子どもの個性を尊重し、よいところをほめて引き出していくこと、よい言葉を使うことの大切さ。

などわかりやすくお話いただきました。

フリートークでは、私の友人も普段家庭で感じていることを、率直にたくさん話してくれました。

傍らでは、1-2歳の子供たちがわが家を含めると5人、にぎやかに遊んでいました。

 

お昼にはそうめんをお出ししました。

トッピングはトマト×ツナ×ごま×大葉×少量のごま油で、つゆは普通と同じようにかけます。

実家の母も山口銘菓のういろうをお茶菓子にと送ってくれました。

みなさんに喜んでいただき、素晴らしい時間を過ごさせていただきました。

この母親教室が、少しでもご参加の方々のお幸せにつながることを祈っています。

 

 

 

 

 

 

新潟県下越地域にお住まいの方でご関心のある方は、お問い合わせ欄よりメッセージをいただくか、生長の家新潟教化部025-231-3161へ、「母親教室について」とお問い合わせください。

その他の地域の方は、生長の家白鳩会中央部03-5474-6087でお近くの会場について、お問い合わせいただけます。

 

 

 

 

 

 


軸を持つ

学生時代に、当時、官僚だった方が主宰する学生向けの勉強会に通っていました。

「心ある日本人を育てる」ということが主眼で、森信三も安岡正篤もここで読んだ書籍で知りました。

そこで「新聞は朝読む必要はない」ということを教えられました。朝の貴重な時間を新聞なんてものに割く必要はない、と。

これは雑多な知識を広げることには大した意味はないという比喩だったのですが、当時の私には全然ピンときませんでした。当時はとにかくいろいろな本を幅広く読んで、知識を持つことが肝要だと思っていたからです。

その後、新聞業界に入って、朝、新聞各紙を一通り読んで出勤し、毎日違うテーマを追いかけては完結していく生活となりましたが、そういった日々を重ねるほどに、「人生の軸となる哲学がほしい」と思うようになりました。

雑多な知識は、その場限りで役には立っても、大事な場面で物事を判断したり、自分の立ち位置を決めたりする役には全く立たないと実感したからです。もっとも、当時はそのようには分析できていませんでしたが。

「広げる読書ではなく、深い読書を」と、あの勉強会で言われた意味が、今はようやくわかります。

結局、自分が切望していた「人生の軸となる哲学」は、私の場合、子供のころから知っていた生長の家の信仰にあるのだと、時を経て気づきました。

その軸をしっかり持っていれば、日々の暮らしがどうあるべきかも、これから何を目指して生きていくかも、みんな決まってきます。

新聞に関していえば、今も仕事で必要なので主に夜の空いている時間に読みますが、自分の中に要・不要の幹があるので、情報処理のスピードが違ってきました。

そこが定まらないまま、やみくもに知識を広げようとしていました。

青い鳥ーこの場合は人生の軸となる自分の哲学ーは、実はすぐ近くにいた、というお話です。


手づくりケチャップ

近くのミニスーパーで、地場のトマトがお安くなってまいりました。

手頃な量が手頃な価格で売られていたので、買ってきてトマトケチャップを作りました。

 

以前にいた会社で、農家の人たちがトマトケチャップを手作りするイベントに関わり、ケチャップって作れるんだ!と驚いたことをよく覚えています。

去年、生長の家のSNS「ポスティングジョイ」でも、お料理の神様みたいな方がレシピをUPされていて、長いこと、ランキングの上位にも入っていました。

 

基本的な作り方は

①にんにくにトマトと玉ねぎと砂糖に塩、こしょうハーブ・スパイス類などを入れて煮る

②ミキサーにかける

③鍋に戻して酢を混ぜてもう一度煮る

というものです。

①でトマトの皮を湯むきをするかしないか(当然湯むきした方が舌ざわりはよいです)

スパイスはどれくらい入れるかーローリエは外せません。ほかにバジル、オレガノ、クローブ、シナモン、ナツメグなどが選択に入りますが、あまりいろいろな種類を入れない方が、トマトそのものの味わいが深まるような気がしていますー

ほかの野菜(にんじんなど)も入れるか、などがお好みとなってきます。

今回は中くらいより少し小さ目のトマトを8-9個に対し、砂糖を大匙5-6杯入れました。

わが家は甘目の味付けなので、これもお好みです。

 

しばらく煮込んで、3分の2~2分の1くらいの分量になったら、粗熱をとってミキサーへ。

もっと舌触りのよさを求める場合はざるでこすというのもありです。

わが家は、夫がにんにくの香りは好きであるものの、にんにくの形をしたものを食べるのを好まないので、最初に大き目に切っておいて、ここで出します。

ちなみに私は具のつぶつぶがたくさん残っている方が好きです。

 

鍋に戻して、酢を入れて、酸味が飛ばない程度に火にかけてできあがり。

りんご酢が合うような気がしますが、今回は足りなかったので、米酢を足しました。

最近はあまり作っていなかったオムライスにかけました。

贅沢なことですが、普通のケチャップはいらないかも、と思うのも毎回のことです。

たくさん作った方がおいしいに決まっていますが、我が家の冷蔵庫の温度設定が高めのせいか、あまり日持ちはしないので、ほどほどの量を作って早めに使い切るようにしています。

SDカードが不具合で、写真なしですみませんーー。

 


とりかえばや

2歳の息子と娘に「とりかえっこ」がはやっています。

多いのは帽子。気づくと、娘のつばあり帽子を息子が、息子のキャップを娘がよくかぶっています。

これがなぜか、お互いによく似合っています。

 

今日は図書館に連れていき、本を読んだりして、帰ろうとすると、息子が「おんぶ」と言います。

息子はおんぶが嫌いで、小さいころからほとんどしたことがありません。

記憶にある限り、1回か2回かというところです。珍しいこと。

いいよ、と言って、児童文学のコーナーを一回りすると、「おんぶでかえる」と言います。

息子は13キロ、娘は9キロ。

内心、エー!と思いましたが、娘を背負ってきたおんぶひもで息子を背負い、娘は三輪車に乗せて帰りました。

徒歩15分ほどです。

暑い中、大きい子を背負っているので、人目を引きました。

息子は背中にいても、容赦なくいつも通り、「そこぽいぽい!」とごみを拾うように要求します。

学生時代に縦走登山をしていて、17キロくらいまでは持っていたので、内心13キロは「まだ余裕あり」と思いましたが、腰をかがめてごみを拾うのはなかなかつらいものがありました。

娘は三輪車からずり落ちそうになりながらも、メロディ音のボタンを押したりして、楽しそうでした。

家に着くと息子に「アリガトウゴザイマシタ」と言われました。

何年かたっても忘れないのは、実はこんな日常の出来事かもしれません。


ジャガイモ掘りへ

義父母の借りている市民農園へ、ジャガイモ掘りのイベントに行きました。

共有のスペースで作られたキタアカリとメークインを収穫します。

参加家族であみだくじを引き、一家族で一畝を掘りました。

いつやってみても、ジャガイモ掘りは楽しいです。もうないと思っていた土の中からごろんと出てきたときの喜び。

一畝で27キロを収穫しました。

 

ほかの家族も30キロ前後を収穫していて、これをそれぞれが漬物たるに積み上げ、積んだ分だけ持ち帰ることができるというシステムです。

義母が本気を出して真剣に積むので、あーでもない、こーでもないと一緒になって積みました。

子供たちはジャガイモ掘り以外に面白そうなものがたくさんあるので、あちらこちらと歩き回って遊んでいました。

終わったあとの試食タイムでは、ジャガイモ嫌いの子ども二人が、ふかしいもを一口食べました。

いももちも一口。

芋床というものがあることをはじめて知りました。ジャガイモと砂糖、塩ででき、かなり長期間保存できるということでした。

芋床に漬けたズッキーニとなすをおいしくいただきました。

息子がなすを食べたのに、驚愕です。

 

市民農園は郊外にあり、車で20分強かかります。

ここへ来ると、もっともっと、野菜を作ってみたい、自然の声を聞いてみたい、という気持ちになります。

もっとも今はまだ庭のプランターで精いっぱいなのですが・・・・。

土の感触、風の香り、すべてが気持ちよい時間でした。


黒部出張

13日に仕事で富山県黒部市へ行ってきました。

 

先週はじめから、いつも文句なし健康体の息子の体調が今ひとつで、前日になってどうやら突発性発疹だとわかりました。

突発性発疹は2歳までにほとんどの子どもがかかると言われます。

息子は発熱らしい発熱をしたことがなかったのですが、夜になると熱っぽくなり、4日目に全身に発疹が出て、やっぱり・・・となりました。

仕事で出かけるときは、二人ともデイサービスに預けます。

体調はよくなっているものの、発疹があっては・・・ということで、相談しましたが、やはり預かるのは難しいとのこと。

病後児保育というものがあることも知りましたが、事前の申し込みが必要で、しかもきょうだい一緒にというわけにはいきません。

義父母はいざというときには力を貸してくれますが、二人とも多忙で、前日に頼むにはかなり調整が必要。

公の機関を介して、以前、産後に一度だけお願いしたことのある「保育ママ」さんのような人に頼むことにしました。

その方のご自宅に連れて行って、預かってもらいます。

 

早朝、食事の準備をして出かけようとしていると、3時半という時間にもかかわらず、子供二人が起き出してきました。

説明はよくしておいたものの、泣かれるかな、追いすがったりされるかな、と思いましたが、二人ともにこにこと送り出してくれました。

2歳の息子は理解はしているだろうと思っていましたが、1歳の娘までちゃんとわかっていることに驚きました。

ありがたい思いでいっぱいで、安心して車を走らせました。

 

朝になって、主人に子供たちを預かって下さる方のお宅に送ってもらいました。

以前お会いしたことがあるとはいえ、息子にも記憶はないはずで、知らない方のお宅にすんなり入っていくのは難しいだろうと思っていました。

が、二人とも泣くこともなく、息子は仏頂面ではあったそうですが、その方のお宅に入り、おもちゃで遊び始めたそうです。

主人が迎えに行くと、相手の方に「全然手がかからず、二人でおとなしく遊んでいました」と言われたということでした。

 

主人の車に乗ると、息子が「つぎ どこいく」と言うというので、主人がレンタルビデオショップに連れて行ったそうです。

見慣れた子供番組のレンタルDVDのジャケットを見て、二人とも大興奮だったそう。

夕方、私が帰ってくると、二人ともDVDを見終わって、リビングでそろって寝ていました。

 

いろんなハプニングはありますが、何とかいただいたお仕事の責任を果たすことができました。

惜しみなく協力してくれる主人に感謝です。

そして子供たちも、幼くても、必ずわかると思って話すことは、伝わるのだと思いました。

帰り道には、ついケーキを買って帰りました。

一日離れて過ごしてみると、家族の大切さをあらためて感じ、無事に帰ってこれたことに感謝を深めています。

 

 


ほしいい(干し飯、あるいはほしい=糒)をつくる

伊勢物語の9段、有名な「東下り」にこんな記述があります。

・・・その沢のほとりの木のかげに下りゐて、乾飯食ひけり。その沢にかきつばたいとおもしろく咲きたり。それを見て、ある人のいはく、「かきつばたといふ五文字を句の上にすへて、旅の心をよめ」といひければ、よめる。

唐衣きつゝなれにしつましあればはるばるきぬる旅をしぞ思ふ

とよめりければ、皆人、乾飯のうへに涙落してほとびにけり。

 

この、望郷の涙でふやけてしまった「乾飯」が、干し飯(ほしいい)。糒(ほしい)とも呼ばれます。

これを作ってみました。

戦国時代には携帯食としても使われていたと言います。

 

というのは。

2か月ほど前から、電子レンジを使うのをやめました。

オーブンレンジが故障して、料理や白米の温め直しは、鍋で煮返したり、蒸したりすれば、レンジはいらないということに気づきました。

パンもお菓子もまだ焼きたいので、まだオーブンレンジは手放せず、直してもらってオーブン機能を引き続き使っていますが、レンジの機能は使っていません。レンジはいろいろ害もささやかれますが、これは科学的根拠がはっきりしないので置いておくとして。

身軽な生活を目指しているので、いずれ持たない暮らしをしたいと思っています。

そんなわけで炊いたごはんを温め直すときには、蒸しています。たくさんある場合は、容器も大きいので、二段の大きな蒸し鍋が必要ですが、少量であれば、鍋に水をはってそこに入れ、ふたをして数分蒸せば温まります。

ちょっと面倒に感じることもありますが、蒸した方が断然おいしいような気がしています。

 

炊いたごはんの残りをガラスの保存容器に入れておいて、それごと蒸しているのですが、これだとどうしてもお米がくっついてしまいます。もちろんひとつひとつ拾うのですが、なかなか取りきれません。

そこで、木のしゃもじと一緒に水に漬けておき、木のざるにあげて、そのまま天日で乾かしました。

衛生的な問題でしょうか、干し飯は梅雨の時期には作らないものだと何かで読みましたが、この2日間の暑さでからからになりました。

 

どうしてこんなことを思いついたかというと、きっかけは先日来書いている「私の保存食ノート」(佐藤雅子著)です。

この本は、レシピ集というとあまりにも軽く聞こえる読み物的な本で、この中に著者の子供のころの思い出として、おひつに残ったごはんをさらって水にさらし、屋根の上で干して、たまるとお豆や砂糖と一緒にお菓子にしてもらうのが楽しみだった、というようなくだりがありました。

今は炊飯器の内側はテフロン加工であることが多く、しゃもじも便利なプラスチックが主流なので、こうやってひとつずつ取らなければいけないという状況自体が少ないのかもしれませんが、干し飯作りには米一粒、一粒を大事にする心を学ばせていただくように思います。

いくつかネットで見たところ、非常食として今も作っておられる方もおられました。確かにいわば、自家製アルファ米です。

非常時にはお湯でもどし、いよいよのときにはとても固いですが、そのまま食べるということのようです。

初めてやってみたので、これで乾燥が十分なのか、どれくらい保存できるのか、これから検証ですが、あまりにも使いにくければ、佐藤さんの本に出てくるように、お菓子に加工したいと思います。wikipedexiaによると、粉末にしてあられや落雁にする場合もあるようです。

道明寺粉ももち米の糒ですから、なるほど、それなら簡単に使えそうです。

 

北海道で忙しく暮らしていたころ、実家の父が訪ねてきました。

札幌駅で一緒に食事をした際、定食を頼んで、私はビールを飲み、定食のおかずを食べ、ついてきた白米をほとんど残してしまいました。

そのころの私には、お腹もいっぱいであり、贅沢なことに、もともとの米も炊き方もとてもおいしくないごはんに思えました。

「昔は白米なんか十分食べられなかったのに」とただそれだけ言った父の残念そうな顔を今でもよく覚えています。

米を作る父にとってはとりわけ、許しがたいことだったと思いますが、「だっていらない」と押し切りました。

そんなことを心に痛く思い出しながら、今はお米一粒一粒を大事にしたいと思っています。

ちなみにこの竹ざるでは網目が大きすぎて時々米がこぼれ落ちるので、下に新聞紙を敷いています。

 

 


新しょうがを楽しむ

ドライブで出かけた道の駅で、地物の新しょうがが出ているのを見つけました。

和歌山くらいまではスーパーで見かけていて、新潟産にしては早すぎるような気もしましたが、とても立派だったので買って帰りました。

 

以前にこの欄で「私の保存食ノート」という本のことを紹介しました。

この本は、お手軽ないまどきのレシピ本ではなく、今の人が作るのかな、と思うメニューも多いのですが、読み物として非常に面白く、ロングセラーとなっています。

きょうはこの本に載っていたレシピをいくつか試してみました。

新しょうがの砂糖煮。

生姜醤油。

新しょうがを茹でこぼしたお湯を熱湯で割って、レモンを入れて作るジンジャーエード。

(こちらは保存しておいて、風邪気味なときに飲むとよいそうです。)

皮は普段はむきませんが、この本にならって、一部皮をむいて天日干しにすることにしました。

それに自家製ウスターソース。

ソースはなければ困るものではなく、我が家ではほとんど使わないのですが、作ってみたいと思っていました。

著者の佐藤雅子さんのウスターソースは、しょうがのほか、野菜やこんぶ、ゲッケイジュにハーブ類、ざらめ、しょうゆ、酢、みりん、こしょうなどで作るものです。

今回作ってみて、果物やはちみつも少し入れて好みにアレンジしたいと思いました。もう少し試行錯誤して、自分なりのレシピをUPしたいと思います。

新しょうがとは関係ありませんが、青梅のはちみつ漬けとバジルペーストも作りました。

 

 

 

田んぼの苗が青く伸び、緑が目に眩しい季節となりました。

 

 

 

 

 

実りの季節も美しいのですが、私はこの時期の新潟が最も好きです。