月別アーカイブ: 2011年12月

年越しそば

今年も年越しそばは、大晦日の朝食にいただきました。

私の実家では、朝のうちに年越しそばをいただき、夕飯にはちらし寿司やお刺身といった料理が並んでいました。

大晦日の夜がそばだけではちょっとさびしいからーと父が言っていたように記憶しています。

夜にはお膳を神様にお供えしていたので、そういう意味合いがあったのだと思います。

大晦日の朝起きると、父が毎年のように「何そばがいい?たまご?おろし?」などと聞いてくれました。

子供のころはそばがおいしいものには思えなくて、毎年「うどん!」と答えていました。ある年は「ラーメン」といい、これは黙殺されました。

父は料理において、栄養のバランスや味だけでなく、彩りに非常に気を使っていた気がします。

どの料理もそうでしたが、大晦日というと食べなかったはずのそばの彩りが浮かびます。

 

主人の実家は大晦日の夜からおせちをいただき、夜中遅くに年越しそばを食べます。

子供が小さかったり、あるいは妊娠中だったりして、その時間までいたことはまだありません。

今年も夕飯が終わって子供が寝る時間には自宅に帰ることにして(といっても、主人の実家から徒歩30秒ですが)、朝ごはんにそばを作りました。

子供たちにはうどんです。

父がそうしてくれていたように、「何そば?」と主人に聞くと、迷わず「天ぷら」と答えが返ってきたので^^、有り合わせですが、いただきものの佐渡産の生干しイカとさつまいもを天ぷらにし、にんじんを煮て、ねぎを添えました。

こうしてそばを食べると、一年が終わろうとしていることをあらためて実感します。

 

このブログを読んでくださるみなさま、いつもありがとうございます。

さらによいお年をお迎えくださいませ。

 


迎春準備

今年も残すところ一日となり、大掃除をしました。

神棚の掃除やお供えは、主人の実家では男性がやることになっていて、主人がやってくれます。

一夜飾りはやめましょうということで、ようやくきょう整えることができました。

 

神棚のお札はこれまで、初詣に行く前に古いお札をおろし、新しいお札を受けてきてまつっていましたが、主人が先日、知人の方に「年内にお札だけ授与してもらってきて、年末の掃除のときに交換するのが正しい」と教わってきました。

その知人の方は神社に直接お尋ねになったそうです。

それにならって、今年は29日にお札を受けてきました。これまで気づきませんでしたが、もう境内にお札の授与所ができていて、巫女さまが待機なさっていました。あとでネットで調べると、交換は年内でも新年でもどちらでもよい、と書かれているものもありましたが、お札を交換する間に神棚が留守になるのを気にした考え方なのでしょうか。

新しいしめ縄の飾られた神棚はすでに新年の装いで、見ているだけでうれしくなります。

新年が来るのがもったいないような、もう少し年末を楽しみたいような、そんな気持ちで過ごす年の瀬です。


おむつについて あれこれ

谷口雅春先生の著書「生命の実相」や「新しい結婚」「光明道中記」などでは、育児の具体的な方法についても触れられています。

たとえば「光明道中記」の3月22日の項には「寝小便の習慣は、嬰児の最初の用便の訴えを聞き流して、おむつの湿った感覚を不快と感じない程慣れさせて了ったところに起因する」として、赤ん坊をトイレで支え、「シー」という言葉の力で排尿を誘導するやり方が示されています。

このやり方は今、「おむつなし育児」(おむつを使わないのではなく、極力トイレやおまるでさせるという意味)やelimination communicationといった名前でしばしば取り上げられているやり方と似ています。「おむつなし育児」は震災で紙おむつが不足したことで、メディアなどでも注目されていました。

 

私は出産より以前にこの本を読んでいて、子供が生まれたらぜひこのやり方で子供を育てよう!と思っていました。今思えば中途半端に理解している部分もあったのですが、長男が生まれて3か月にも満たないうちに張り切っておまるを買ったものです。

実際にはバケツでもなんでも使えばいいのですが、そこは応用がきかない若葉マークの母親。

心配なので首が据ってからにしようと思っていたら、首据わりが遅れに遅れて5か月に。

さらに買った後でまだ体が小さくておまるをまたぐことができないことに気づいたうえ、子供を触るのもどこかおっかなびっくりで、結局トイレやおまるでさせることがほとんできないまま、時がどんどん過ぎていきました。

ずっと布おむつを使っていましたが、生後7か月くらいのときにおしりがかぶれ、小児科の先生に勧められるままに紙おむつに変更。

そのまま今に至っています。

一方、下の子は時々おまるでさせていましたが、年子のきょうだいをみる日々に追われ、結局その回数が次第に減っていきました。

用便を催してくるのを「感じる、あるいは観じればタイミングがわかる」と聞いたのですが、今に至り、全然わかりません。

 

今年の春過ぎ、息子が1歳半になり、いわゆるトイレトレーニングに取り組み始めました。

1月に下の子が生まれ、「赤ちゃん返り」をすることはなかった彼ですが、トイレやおまるには極めて消極的でした。

まだ、下の子と同じようにおむつをしていたいのかも、と思いました。

夏には親子で何度もトイレに挑戦しました。

息子は最初は面白がっていて、秋ぐらいには、買っておいた布のパンツを自分ではく、と言い出して履いて過ごしたこともありました。

しかしだんだん、「トイレでしなければいけないのに、できない」と感じているように見えました。

息子なりにジレンマがあったのかもしれません。

そのころには娘も面白がって「ちー」と言いながらおまるに乗るようになり、余計に息子はトイレを避けるようになりました。

 

今はおむつはずれは昔より遅く、だいたい3歳と言われます。

それでも年配の方から「まだおむつをしているの?」と言われることもあり、私には母親として何か素養が欠けているのではないか、とか仕事やなんやとやりながら子供に傾注する時間が足りないのではないか、と思うこともありました。

自分自身を見つめるうちに「自分が楽をしたいからおむつが外れたらいいなと思っていないか」「どこかで替えるのが面倒だと思っていて、それが子供に伝わっているのではないか」と思い始めました。

息子自身にも、トイレやおまるに対する抵抗感、あるいは恐れがあるように感じられました。

 

そして彼なりの美学があるのかもしれないと思い始めた昨日、息子が自分でおまるに駆け出し、用を足すことができました。

「できた!できた!」とうれしそうな息子に夫婦で拍手喝采でした。

こうあるべき、という私の心が息子を縛っていたのかもしれないと思います。

待つことの大切さを教えられました。

また「光明道中記」を読み直したいと思います。

 

長々と読んでいただき、ありがとうございます。

 

 


切干大根のチヂミ

私の好きな食材のひとつに、切干大根があります。

サラダよし、煮物よし、汁ものよし、そして気に入っているのが切干大根のチヂミです。

出産で入院しているときに病院で買った「ESSE」3月号に載っていたレシピを参考に、ノーミートにアレンジしました。

 

このチヂミはストック料理の特集記事として載っていました。

水、酢それに少々の砂糖としょうゆ、塩を入れて煮立たせ、先に水で戻した切干大根を漬けておきます。

切干大根を食べやすく刻み、たまご、片栗粉、長ネギ、豚肉と混ぜて焼くーというのが本来のレシピ。

私は豚肉をツナに変え、片栗粉の代わりにジャガイモをすりおろし、仕上げにとけるチーズを乗せます。

ただしチーズに手柄をもっていかれるような感じがするので、ないままでコチジャン+砂糖+しょうゆなどのたれでいただくのもよいかもしれません。

酢漬け切干大根はトマトなどと混ぜてサラダにもできるーと記事には載っていましたが、いつもチヂミになってしまいます。

酢の味がチヂミにちょっとした変化をもたらして、おいしくいただけます。

 


祝福の朝

祝福の朝

鳥たちは天高く舞い

木々は歓喜にさざめく

雲は晴れ、地上に光満つ

 

国泰かれと

民に幸あれと

あまりにも深き祈りに

我らは赦され、生かされてあり

 

大御心に思いを致すとき

小さき個の煩い事は消え

公に赤誠を尽くさんと力みなぎる

 

尊き祈りに包まれし国に

生受く幸を噛みしめる朝

日の丸の白きに心は浄められ

明日への力を戴かん

(12月23日)


家計簿刷新

先月から家計簿を刷新し、きょうまでの1か月、とりあえずつけ通しました。

これまではPCにエクセルで使った品目をメモしていき、総額や項目ごとの合計をチェックしつつ支出を見直すーというスタイルでしたが、予定外の支出が続くと、やる気を失うというデメリットがあります。

そこで家計簿を刷新し、①支出はその都度当座帳につける②毎月、予定される支出に応じた予算を項目ごとに立て、それを遂行していくーという形に変えました。

使ったのはいわゆる「羽仁もと子家計簿」で、昭和を感じる装丁。書店に売っていました。

 

今月は交際費がかさみそうだったので、その分多く振り分け、その分、食費などを少なめにして調整しました。

食費の予算を常に意識して買い物に行くので、買いすぎが抑えられたと思います。

後半にオーブンレンジが壊れて修理費用がかかったので、予算を死守というわけにはいきませんでしたが、それを除けば全体的に支出を抑えることができました。

また一度に出費がかさむ車検代など車の諸費用と帰省費用をたんす積立方式にしました。

言うまでもなくこの家計簿は日々面倒なので、ためることなく、買い物から帰ったらキッチンのカウンターに立ったままでもとりあえず当座帳につけてしまうことにしています。

この家計簿の継続も、来年の目標です。


うちエコ診断

きょうは自宅のCO2排出状況を知り、CO2削減に向けてアドバイスを受けることができる「うちエコ診断」をしてもらいました。

環境省が進める事業で、新潟の場合は、県環境保全事業団(県地球温暖化防止活動推進センター)が窓口です。

先週、この件についてのリリースを見かけ、9月から新潟県で100世帯を募集、ということだったので、もう締め切られているかも、と思いながら問い合わせてみると、まだ空きがありました。

 

事前に光熱費やシャワーの利用時間、毎月のガソリンの使用量などの生活スタイルについてのかなり詳細なアンケートに答えます。

センターの人が来てくれて、この回答をもとに、パソコンの診断ソフトを利用して分析し、無料でアドバイスをしてくれます。

 

我が家の場合は、主人の会社の事務所と同じ建物なのでやむをえないところはありますが、電気代は新潟県の標準世帯の2倍でした~。

CO2排出量は、新潟県の標準世帯の1・1倍。

新潟県で100世帯あったとした場合、60位ということです。

 

電気代こそ高いのですが、私も主人も徒歩が中心の生活なのでガソリンの使用量は標準よりかなり低く、テレビの視聴時間は短く、ポットや炊飯器の保温機能は使わないなど小さな積み重ねは評価されたようです。

効果的な対策はやはり暖房で、なんとか設定温度を下げられるように、家族で工夫したいと思いました。設定温度を下げると、我が家の光熱費にも多大に影響することが示されました。

ほかにリビングに薪・ペレットストーブを設置した場合、太陽光発電を導入した場合、エコドライブに心掛けた場合、など15項目について、費用面とCO2排出の面からどれくらいの増減になるか、初期投資を回収するのに何年かかるか、など示したペーパーをいただきました。

 

家庭での省エネは漠然と呼びかけても取り組みにくいということで始まった制度のようです。確かに現状を把握し、目標を具体的に設定することで、モチベーションが上がるのは何の世界でも同じことです。目に見えないCO2の量を試算であっても、こうして示してもらうことで、地球環境に対する負荷をリアルに感じ取れるように思います。

たとえば暖房器具を選ぶときに家電の販売員などコスト面でアドバイスをする人はいくらでもいますが、環境面への負荷について誰もが心を配り、また気軽に尋ねる場があるような、そんな世の中になっていったらと、そんなことを思いました。

 

また地球温暖化防止ネットが発行している、節CO2のために「家庭ですぐ出来る21日の取り組み」というパンフレットをいただきました。

炊飯ジャーの保温をやめたり、圧力なべを使用して調理時間を短くするなど、実行しているものがほとんどでしたが、お風呂のシャワーの節水シャワーヘッドの取り付けは考えてみたいと思いました。シャワーは極力使わないようにしていますが、冬は子供を入れる前に浴室を温める関係で、使わざるをえないところがあります。

うちエコ診断は環境省の進める事業です。各自治体で行われているようなので、ご興味のある方はぜひ調べてみてくださいませ。


重い雪の地に

きょうは朝と午後の外出前、それに夕方、雪かきをしました。

夕方の雪かきを終えて室内に戻ると、髪が雪で濡れてひどい状態になっていて、息子も娘も私を遠巻きにしている感じでした。

鏡を見ながら、ここは新潟だなあとつくづく思いました。

 

北海道に住んでいたとき、雪の日に傘をさしている同僚がいると、道内出身の同僚が「道民じゃないなあ!」とよくからかっていました。

北海道、少なくとも札幌や函館の雪は大抵さらさらなので、髪が濡れることはまずありません。だから雪の日に傘をさしている地元の人はまず見かけません。さしているのは旅行者や移り住んできた人です。

「道民」になりたくて雪の日に傘をささないように意識していましたが、やがてはそれが当たり前になりました。

そして今度はその習慣が抜けず、雪の日につい頭を濡らしてしまいます。

 

日本海側の雪は湿っていて、重い雪です。

スキー関連の取材をしていたころ、ジュニア世代のクロスカントリーは重い雪でトレーニングしている新潟の選手が圧倒的に強く、北海道の選手にとって格上のライバルでした。そのことを重い雪を掘りながら思い出します。

雪が積もること、雪だるまを作ることができることを奇跡のように思っていた西日本出身の私が、一年の半分は雪に包まれている北海道に移り、さらに今は新潟にいるご縁を、不思議なことのように思っています。


米粉入りかぼちゃだんごのおしるこ

先日、佐渡産の米粉を買いました。

この米粉と近所のスーパーに久しぶりに入った国産のかぼちゃで作ったのが、かぼちゃだんごです。

米粉を100グラム、かぼちゃをマッシュして90グラム強、片栗粉を大匙1杯強、豆腐を60グラムばかり混ぜ、まだぱさついていたので、豆乳を入れて調整しました。塩少々で味をつけています。

熱湯で茹でたら歯ごたえももちもちしておいしかったので、おしるこを作って入れてみました。

この大きさのお団子10個ほどを作りましたが、まだ2倍くらい生地が残っているので、 夜はかぼちゃのほか、根菜類をたっぷり入れた味噌味の汁に入れていただこうと思っています。

きょうも雪が降り続いています。


雪の日に

本格的に雪が降り始めました。

北海道に7年、新潟へ来て3年と少し。雪国暮らしも通算十年になります。

西日本出身の私は相変わらず雪かきは下手ですが、雪道の運転にも慣れ、淡々と雪の日を受け入れられるようになりました。

 

天気予報を気にし、雪が降った朝は早く起きて雪かきをしてから出勤する。

仕事に遅れるでもなく。

早起きが苦手とか何とかそういう次元を超えて、だれもがそうであることに、毎年のように感動します。

以前、北海道に住んでいたとき、大雪の朝の取材で、朝4時半過ぎに自宅を出て、お年寄りの多い地域を回りました。

予想されていたのは、「大雪で高齢者 困った」というような記事。

しかし、そこにあったのは、すごい雪だねーとはいうものの、そう嘆くでもなく、おしゃべりに興じながら雪かきをするお年寄りたちの姿でした。

もちろん、雪かきをすることもできずに家に閉じこもっていたお年寄りもいたと思いますがー。

「4時半から起きてやってるさ」となぜか愉快そうに笑っていたお年寄りたちの姿が、今も目に焼き付いています。

 

雪国の人は忍耐強いとか我慢強いとかよく言われますが、それよりも「受容」という言葉が似つかわしいように私は思います。

辛抱というつらいイメージではなく、抵抗するでもなく、あきらめでもなく、自然を淡々と受け入れた暮らし。

それは強さというより、柔らかさではないでしょうか。

自然と人間のかかわり方について思うとき、私は雪国の人たちの暮らしに思いをめぐらせます。