月別アーカイブ: 2011年11月

りんごケーキ

冬の我が家の定番、りんごケーキを作りました。

何年か前、伺ったお宅でおいしいりんごケーキが出てきました。

「ホットケーキミックスを使ってナツメグとシナモンを使っている」と聞いたのですが、詳しいレシピはわからず。

その後、試行錯誤しているうちに、黒砂糖を入れて全く違うケーキになりました。

 

子供のころ読んだ「赤毛のアンの手作り絵本」(白泉社書籍編集部)に、「秘密の森ケーキ」というレシピが出ていました。

森のように、くるみやドライフルーツやレーズンがたっぷり入って顔を出すーそんなイメージだったと記憶しています。

あのあこがれのケーキとは全然違ってお手軽ですが、心の中で秘密の森ケーキと呼んでいます。

50グラムのバターをレンジで溶かし、卵1個、黒砂糖大さじ5杯を混ぜます。

そこにホットケーキミックス200グラム、牛乳150CC,ナツメグとシナモンはお好みで大さじ各1杯弱程度でしょうか。

イチョウ切りのりんごとレーズンを混ぜ込み、180度のオーブンで35分ほど焼きます。

朝食を作りながらでも手軽にできるケーキです。

牛乳を生クリームに変えると、しっとりし、ちょっとだけよそ行き風になりますが、軽く食べられるのは牛乳バージョンです。

あのとき伺ったお宅では、生クリームとヨーグルトを混ぜたソースがかかっていて、このケーキにかけたこともありましたが、何となくフォークを使わず、手づかみで食べたくなる気安さです。

今年1月、出産で入院している間、これをたくさん焼いて冷凍し、息子のおやつにしてもらったものでした。


マーラーカオ

マーラーカオを作りました。

中華風の蒸しパンです。

私はヤマザキの製品のマーラーカオが大好きで、あの味をどうやって出すのか試行錯誤しましたが、なかなかぴったりくる味になりませんでした。

隠し味に醤油を入れるとよいと知ってから、少し味が理想に近づいたような気がします。

ヤマザキの製品紹介のページにも、ちゃんと「隠し味に醤油」と書いてありました^^

今回は強力粉使用で80グラム、三温糖100グラム、牛乳25CC。

30分ほど冷蔵庫で寝かせて、重曹小さじ3分の2、ベーキングパウダー小さじ1、しょうゆ小さじ1、サラダ油25CC、練乳大さじ2を入れ、レーズンを混ぜて40分間、蒸しました。最初は強火で、すぐ弱火にして。

ヤマザキの製品もそうですが、マーラーカオのカロリーがやたら高いのは油と砂糖がたくさん入るからのようです。

今回作ったバージョンはこれでもサラダ油控えめなので、しっとり感に少し欠けるかもしれません。

でもほんわかして、優しい味です。

 

 


それが母にできること

子供の寝顔を見ていて思いついたフレーズは、翌朝PCの前で詩になりました。

 

「それが母にできること」

小さいからだを抱きしめて

母はあなたに願いを寄せる

丈夫に育ちますように

みんなに愛されますように

雨降る時も 風吹く時も

しなやかに強く

伸びるあなたでいてほしい

あなたのそのままを信じて

善き言葉を贈ること

正しき思いを抱くこと

その姿を見せること

それが母にできること

 

尊い寝顔をそっとなで

母はあなたに祈りを込める

優しい人であるように

勇気の人であるように

どんな時代になろうとも

日々を喜び

幸せを見出すあなたでいてほしい

あなたのそのままを信じて

毎日笑って過ごすこと

愛を尽くして生きること

その姿を見せること

それが母にできること

 

ただひたすらに

あなたのそのままを信じて

それが母にできること

 

この詩は今年の6月18日に、生長の家のSNS「ポスティングジョイ」に投稿しました。

同じくポスティングジョイのメンバーである讃嘆楽団さんの手で美しい曲をつけていただき、さらに実相楽団のメンバーの方々による演奏が収録されているのがこちらです。

画像はポスティングジョイ上で募集した母子像です。

そして世界のどこかでこの画像を見て響いてくださった方にも意味が伝わるように、尊敬するM&Tさんが英訳してくださいました。

 

すべての母と、そして誰かの愛しい子供であるあなたへ。


フードマイレージ

ノーミートにするにあたり、主人が好きだったトンカツに代わって一時期、よく作るようになったのが、エビカツでした。

エビをたたいて、玉ねぎのみじん切りと混ぜ、調味してフライにします。パンを焼いてサンドにすることもありました。

こういう場合に使うエビは、大抵近くのスーパーに売っている冷凍エビです。

しかし最近は買う回数がぐっと減りました。

一つはフードマイレージという観点からです。

フードマイレージとは、環境に対する二酸化炭素の排出量に着目し、産地ー消費地の輸送距離を指標とした考え方で、食糧問題を考える上でもカギのひとつとなります。雑駁に言うと、日本から遠く離れた国からやってくる食物はフードマイレージが高いということになります。

フードマイレージを考慮するようになってからは、大半が輸入品であるアボガドやバナナを買うことはほとんどなくなりました。

バナナは皮をむくだけで簡単に食べられ、子どものおやつには最適ですが、おやつはほかにも工夫できると思い始めたからです。

 

これまでよく使っていた冷凍のエビのほとんどの産地はインドネシアやタイでした。

日本から遠いことはもちろんですが、東南アジアのエビは大半が輸出向けの大規模養殖によるもので、養殖場確保のためにマングローブ林が破壊されていることもあると言います。現地の人々に及ぼしている影響を考えると、気軽に買うのを躊躇するようになりました。

 

もっともフードマイレージの考え方は万能ではなく、例えば、比較的近い海外の国から船で輸送されてくるものと、国内をトラックで走ってくるものと消費エネルギーはどちらが高いのかー。また産地=○○と国内の地名が書かれていても、もしかしたらその農産物・畜産物をつくるために、外国から飼料等を輸入しているのかもしれず、そうなると結局、飼料輸送の段階で二酸化炭素を大量に排出していることになります。あくまで指標のひとつなのだと思います。

環境への負荷を考慮し、地産地消を実行していこうとすると、手に入らないものも、それを不便に感じることもあります。

だとしても、可能な範囲で、知恵をめぐらし、豊かに工夫する食卓でありたいと思います。


時間を追う

最近、3つのことを始めました。

1、このブログ。

2、家計簿

3、短歌

 

家計簿はEXCELで支出の管理だけしていましたが、先日聞いた講演会をきっかけに予算組みと項目の振り分けによる管理をもう少ししっかりすることにしました。

短歌は以前から表現体として興味があったのですが、縁あって最近結成された結社に入りました。

 

仕事に育児に家庭に信仰にまつわることに・・・自分がどう時間を使っているか、正確に把握すらしないままに手一杯の感を抱いていましたが、先日、婦人団体の講演会で、生活時間の見直しによって、一日を効率的かつフレキシブルに過ごすという話を聞き、その気になりました。何事も現状把握ありきだと思いました。把握し、工夫し始めることによって、追われるのではなく、主体性を持って追うことができるように思います。

生活時間を見直してみたら、まだまだ工夫の余地がありました。

仕事で書く文章は資料収集が不可欠なので、パソコンの前でなくてはできませんが、ブログや短歌は頭の中でできること。

短歌は着想をメモしておいて、子どもを寝かしつけながら、あるいは料理の合間に、など細切れな時間に、頭の中で組み立てていきます。

ブログの文章も然り。

家計簿をまとめてつける時間は早々取れませんが、少しだけ空いた時間に買い物のレシートを見ながら当座帳につけていく作業は、キッチンカウンターの前に立って数分でできます。

時間に追われるのではなく、追い始めると、とても気持ちよく時が流れていきます。いのちが生きているからかな、と思います。

 

あとは北海道に7年いたにもかかわらずボーゲンしかできないスキー、雑巾が精一杯の手芸、ハーフマラソン。

若いころにはむしろあえて挑戦しようとも思わなかったことが、今気になります。

「神の子無限力」という言葉は、あまりに聞き慣れて何の感慨もなくなっていました。

来世に繰り越さすことなく、「今」何とかしようとすること、今、いのちを生かそうとすることを考えたいと思います。


心に刻印するものが

1990年代の終わり、私は就職活動をしていました。

いわゆる世紀末。地下鉄サリン事件、阪神淡路大震災など大きな事件・事故が起き、「いやな時代」という嘆きをよく聞きました。就職試験でも、こんな時代にどうやって生きていくのかーといったことをよく問われました。

そして今、世の中は大きく変わりましたが、依然「いやな時代」という言葉はよく聞きます。もしかして、程度の差はあれ、いつもだれかが口にしていた言葉なのではないかと思うほどです。

では高度成長期にはだれもが幸せだったのか?戦前は?文明開化以前は?

そう問うていくと、幸福とは時代の状況によるものではなく、人の内側にあるものだということが見えてきます。

 

生長の家では、太陽の輝く時刻のみを記す「日時計」のように、喜びをしるし、語り、思い起こす心の習慣づくりー日時計主義ーを勧めています。

心に刻印するものが、あるいは刻印するように世界が見えてくるーそう実感したのは、新聞記者をしていたころでした。

今は少し変わってきましたが、新聞というのは善いことはあまりニュースにはならず、いかに悪か、あるいは不幸かということが重視されます。ニュースをつかむためにたえず記者はアンテナを張っているわけですが、悪い素材だけをつかむ習慣がつき、世界が本当に暗く見えてくるのでした。悪いもの、暗いものを見ていて、幸せになれるかというとそんなわけはなく、やはり人間は根底で明るいもの、善きものが好きなのだと思います。

 

さて、今年も2012年版「日時計日記」が手元に届きました。

「日時計主義」に基づき、その日の出来事で良かったこと、あるいは希望、願いなどプラスの言葉だけを記入するのが特徴です。

私はこの日時計日記をつけ、生長の家のSNSであり、喜びのみをつづる「ポスティングジョイ」への投稿を毎日続けていますが、続けることにより、目の前にどんなことが起こっても、よいことしか考えられなくなりました。脳がそうなってしまった感覚すらあります。

来年も輝く時刻のみを記してまいりましょう。


ノーミートのこと、例えばうちのナポリタン

我が家では、かれこれ2年近く、お肉の料理をしていません。ソーセージ、ハムなどの加工品も同様です。

結婚した3年前、主人の食生活はお肉が中心でした。

それは肉好きというよりは、習慣として、あるいは反射的に、お肉を食べているようでした。

一方の私は、生長の家を信仰する家庭で育ち、お肉が食卓に登場することは時々あっても、肉食はよくないと教えられていました。

そもそも私はそんなにお肉が好きではなかったので、そう悩むことなく、魚や野菜中心の食生活を送ってきました。

 

主人の好みに合わせて結婚当初は週の半分はお肉料理にしていました。

それは食べるものを制限されるくらい面白くないことはないし、ましてや毎日一生懸命仕事をしていてくれるのだから、おいしく食べたいものを食べるのがよい、と思っていたからです。

そのころ私は時間に余裕があり、料理の本やレシピサイトを見て、毎日片っぱしから新しい料理を作っていました。

その中で、「お肉に似せた料理」を作るのが面白くなりました。

子どもの頃、料理の好きな実家の父が、山芋を使って鶏肉の唐揚げに似た料理を作っていて、面白いな、と思ったことが記憶にありました。

主人の好きなトンカツを作るときに自分の分は麩や高野豆腐で似せたものを作ってみました。

何気なく試食した主人が「これなら肉じゃなくてもいいな!」と言い始め、次第に食事をノーミートにシフトさせていくことになりました。

目に見えて主人は体調がよくなり、健康診断の結果も向上、体重も減りました。

自然に肉料理の回数が減り、主人は「お肉を食べたいと思わないから、似せたものを作ることもないんじゃない」と言うようになりました。

一般にお肉が入ることになっている料理は、ひと通り、そうでない我が家流のノーミートメニューに生まれ変わりました。

 

生長の家で肉食中心の食生活を見直すよう呼びかけている理由は、大きくふたつあります。

地球規模の課題という観点では・・

・食肉生産の効率化のために穀物が飼料として使われ、世界の穀物生産量の3分の1が、先進諸国の人が食べる家畜、家禽(鶏、カモ、アヒルなど人間が飼っている鳥)、養殖魚の餌となっていること→結果的に先進国の肉食者が貧しい国の人々の穀類を奪うこととなっている

・家畜の牧草地を確保するために広大な森林が伐採されている→酸素を作り、大気を浄化する森林が減っていき、地球環境に深刻な影響を及ぼしている

宗教上の観点では・・生長の家総裁・谷口雅宣先生の「足元から平和を」から引用させていただきます。

「・・・(中略)脊椎動物でも、哺乳類のような高等動物になると脳が発達しているから「心」というものがあります。彼らは死に直面すれば、我々と同じように恐怖し、苦悩します。ですから高等動物は食べないということが、倫理的にも宗教的にも正しい生き方である。それはエコロジーや環境保全の立場からみても正しい生き方であって、勧められるべきであるということですね」(P171-172)

 

こんな教えを背景に、私たちの家庭の食卓は少しずつ、自然に変わってきました。

さて、我が家のナポリタンです。

特別目新しくはありませんが、ソーセージはツナ缶で代用します。

油を敷いて、ニンニクの薄切りを入れて香りを引き出し、玉ねぎとツナを炒めます。

その際、白ワインを少々入れて飛ばし、鍋肌からしょうゆをたらします。

ケチャップで味を整えたあとは、大さじ1杯ほどの牛乳と卵を混ぜたものをかけ回し、火を止めて完成です。

最後に卵をかけまわすことでコクが出てきます。

 

 

 

 


てんぷらの味

亡くなった主人の祖母は、何でも手作りする料理上手な人だったそうです。

義父の嗜好を尊重して、義母もそれを踏襲したため、主人の実家ではほとんど既製品を買いません。

我が家では、パン類は別として全く買いません。

そもそも主人はかなりの薄味嗜好で、市販の惣菜類は塩分が多いと感じると言って食べないのです。

なので、結婚以来、惣菜類を買ったことはほとんどなく、○○の素といった類も使わないようにしています。

主人いわくマヨネーズも塩分が濃く感じられるそうで、最初は卵とサラダ油と酢で、必要な度に手作りしていました。

さすがに手間なので、今は使う料理を選び、極力少量だけ使うようにしています。

 

とはいうものの、私は独身のころ、ほとんど料理をしませんでした。

時間に追われてほとんど毎日外食し、コンビニに行かない日はありませんでした。

しかし、結婚して以前の会社をやめ、時間ができて料理をするようになってからは、食が心の健康を培っていることを実感しています。

惣菜類の多くは各地から材料を運び、石油製品である包装資材を使って売られており、環境面に及ぼす影響も大きいと言えます。

結婚直後は、時には買ったもので楽にすませたい、と思うこともありましたが、できるだけ旬の、地元で採れる素材を使って手作りした料理を食べる心地よさを今は実感しています。

 

さて、我が家でそのマヨネーズがひそかに活躍するのが天ぷらです。

天ぷら粉も結婚以来、使っていません。小さなことですが、いろいろ材料を買いそろえなくても、基本素材だけで作る方が、収納の省スペースにもつながります。

小麦粉、ベーキングパウダー、マヨネーズ、少量の牛乳、氷と水を混ぜて作った衣を使います。

卵はマヨネーズに入っているので不要です。

かきあげを作りました。さっくりしておいしい衣です。


おにぎり考

私の実家の母がつくるおにぎりは、それはおいしくて、帰省したときはもちろん、訪ねて来てくれたときにも作ってもらいます。

主人もこのおにぎりが大好きで、帰省先から戻ってくる旅の際にも、たくさん持たせてもらいます。

子供のころ、風邪を引いて、プリンだなんだと食べては吐いて体調の悪い日がありました。

「おにぎりと卵焼きが食べたい!」と言って作ってもらったおにぎりがとてもおいしく、そこから体調がよくなったことをよく覚えています。

母は特別の作り方をしている形跡はないので、これは愛情の違いであって、真似をしてもできないものだと思い込んでいました。

 

ところが最近、佐藤初女さんの「初女さんのお料理」という本に紹介されているおにぎりの作り方が、目からウロコでした。

初女さんの作り方は水のつけ方にコツがあります。

雑駁に言うと、むやみに手水をつけると水っぽくなるので、型どりした際に濡れたまな板の上にごはんを置く代わりに、手に水をつけないのです。

そして握り方。初女さんはすべての食材をいのちとみて、米も呼吸できるように握る―といいます。

むやみに握るのではなく、しかし力を抜きすぎると今度は米粒同士が離れて、不要な空気が混じるのか、口の中に入れたときに違和感があります。その加減が難しい。

あとは塩加減です。

この3つを改善した結果、かなり母の味に近づいた、と主人は言います。

あとは、母としての愛情と経験の違いでしょうか。

噛みしめるごと幸せを感じるおにぎり。食べるのも作るのも楽しくて、一日に一度は、おにぎりを作っています。

追記;のりの付け方は初女さんとは違います。


きなこ飴とおにぎり

午前中に子供たちを連れて買い物や散歩に行き、帰ってくると子供には昼食の時間です。

すでに眠くなっている子供たちが一旦寝付いてしまうと、また起こして、食べさせて、再びお昼寝をさせて・・というのが少々大変なので、できれば帰ってすぐにお昼をさっと食べさせたいところ。

そんな事情で、最近はお昼に途中でパンを買って帰り、息子に食べさせる回数が増えていました。休日の午前中、家族で車で出かけたときも同様です。

既製品の、いわゆるお惣菜類は買いませんし、パンもできるだけ、共同作業所で直売しているものなど、質のよいものを選んではいます。

しかし、買ったものですませてしまった後の、ざらっとした舌と気持ちは、何とも言えません。

また同じような事情で、出先で息子にせがまれてつい安易におやつを買ってしまうことがあります。私自身もお菓子を買って食べたい衝動に駆られることがよくありますが、たび重なると、パッケージをゴミ箱に捨てるとき、罪悪感に見舞われます。また額も積み重なれば大きくなってきます。

そんなわけで、最近は出かける前におにぎりを作るようになりました。朝ごはんを多めに炊いておき、朝食後に握るので、そんなに大変ではありません。白米が好きな息子は喜んで食べて、すぐお昼寝をします。

もうひとつ、「きなこ飴」も常備しておくことにしました。

水あめと水、砂糖を7:3:3の割合で火にかけて混ぜ、水あめより少し多めのきな粉で好みの硬さに練り、丸めて、仕上げにきな粉をまぶすだけです。私は柔らかめが好きなので、水あめ70グラムに対し、きなこは80グラムほどで作ります。

子供が大好きな味。息子は丸めているそばで、口を開けて待っています。

懐かしい昔ながらのおやつ、きなこ飴です。おにぎりについては、また次回。