カテゴリー別アーカイブ: 本

さだまさし「精霊流し」

きょうは自宅で仕事をしている主人も外出、子供は二人とも幼稚園で、わずかな一人の時間です。

やるべきことはたくさんありますが、久しぶりに小説が読みたくなって、さだまさし「精霊流し」を手に取りました。

さだまさしさんの小説には、徳島の祭りをモチーフにとって映画化もされた「眉山」がありますが、「精霊流し」は自伝的小説といってよいのだと思います。

さださんはシンガーソングライターであると同時に小説も書いていて、その美しい筆致と全体に流れるあたたかな心が、私はとても好きです。この人の小説には、著しい悪人というものが出てこないようにも思います。

(この「精霊流し」には、それでもやりきれない場面が少し出てくることは出てきますが。。。)

 

「精霊流し」の印象的な場面。

主人公の「雅彦」が幼い頃、誕生日に祖母がプレゼントしてくれたのは、たくさんのおにぎりでした。

何でこんな、いつでも食べられるものを、と雅彦は怒って友達と遊びに出かけてしまうのですが、祖母の困った顔を思い出し、お金がなくてプレゼントが準備できず、やむなくたくさんのおにぎりを作ってくれたんだと思い当たります。

急いで家に帰ると、祖母は雅彦が食べなかったおにぎりを茶碗に崩し、お茶漬けにしていたのでした。

持って行く給食費が家になくて、弟と二人学校をさぼったり。

米びつに米があるのをこっそり確かめてから、母親に「おにぎり食べたい」とせがんだり。

貧しい生活の中にあって、ほろ苦い思い出も描かれているのですが、登場人物の優しさに心救われる思いがします。

そして戦後の日本には、こういう暮らしがたくさんあったのだとも思います。

 

「常に明るく前向きだった母は、どんな環境も楽しんでいたふしがある」(P54)

 

「ホラ、貧乏と不幸はイコールじゃないでしょ。金持ちと幸せだってイコールとは限らないし。だから母は苦労したな、と思いますが、不幸せだったとは思わないです」(P78)

「子供の頃の苦労なんて苦労じゃないですよ。あるがままに、為すがままに生きてきただけですから」(同)

大人になった雅彦が語る場面です。

 

最近は必要に迫られて本を読むことばかりだったので、つかの間ですが、気持ちよく本を楽しめました。

 

 


図書館へ

調べ物があって図書館へ行きました。

児童書のコーナーにも寄って、前に友人が紹介してくれた「からすのパンやさん」(かこさとしさん)を探しました。

児童書のコーナーには子供が使ってしまうためか、蔵書を調べるための端末がなく、見つからないかなーと思ったのですが、なんと目の前に!それも大型本が!

A2?A1?とても大きくて、早速靴を脱いで上がれるコーナーへ行って子供に見せました。

コップの形とか動物の形とかいろんなパンが出てきて、

ぱーんーーー!と娘が大興奮でした。

 

自分用に短歌雑誌を借りて、桜の風呂敷に包んで帰ってきたら、とても豊かな気持ちになりました。

 

大型本や紙芝居も貸し出しをしていました。

お金を使わず、物を増やさず、いろいろな楽しみ方がある、と最近思います。

 

私はとにかく本だけは妥協せずに買ってきました。

社会人になってお金が自由に使えるようになって、本を自由に買えるのが一番うれしかったように思います。

しかし最近は大切に使っていく本はこれまで通り買いつつ、

図書館も上手に利用していこうと、思っています。

子供にも、汚すと困るから、買った本の方が楽だな、などとつい思いますが

図書館の本を借りて大切に使う経験も必要だなあと。

久しぶりの図書館にそんなことを思いました。


百年の手紙-日本人が遺したことば

梯(かけはし)久美子著「百年の手紙ー日本人が遺したことば」を読んでいます。

梯久美子さんというのは「散るぞ悲しき 硫黄島総指揮官・栗林忠道」を書いた人。

講演も聞いたことがありますが、しなやかな行動力が印象的でした。

無駄のない表現は私好みで、卓越した構成力、洞察力。

学ぶことの多い作家です。

 

「百年の手紙」は、田中正造、宮本顕治、正岡子規・・・など、有名無名あらゆる人々の個人的書簡を題材につづられたエッセー。

戦地からの言葉、子供への愛、弔辞などさまざまな手紙を取り上げています。

まだ途中なのですが、冒頭、田中正造の項の中の一節。

この部分は手紙ではなく、日記に書き付けたとされるものです。

「真の文明ハ山を荒さす川を荒さず村を破らず人を殺さるゝべし」

足尾鉱毒事件と福島の原発事故は相似形であると指摘され、この言葉をモチーフとした、小松裕「真の文明は人を殺さず」(小学館)も2011年に出版されるなど注目されました。

この本で表現したいのは、この項に代表されるように、過去の手紙にあらわれている現代との共通性、普遍性ではないか、と思います。

田中正造の項の最後に出てくる、手紙の一節。

「日本死しても天地ハ死せず。天地と共ニ生きたる言動を以てせよ。天地と共二久しき二答へよ」

3分の1ぐらい読みましたが、続きが楽しみです。


おむすびころりん

少し前、姉が子供たちに「おむすびころりん」の本をプレゼントしてくれました。

ポプラ社の「アニメむかしむかし絵本」というシリーズ。

西本鶏介さんの文で、解説によると、長野県伝承の話をベースとしているということでした。

 

子供たちがこの話を気に入っているので、昼に夜に読んでいます。

 

どうしておむすびは転がっていったのか?

なぜよくばりじいさんが猫の鳴き真似をすると、ねずみさんたちは逃げていったのか?→ねずみさんはなぜねこさんから逃げるのか?

息子の疑問は尽きません。

大調和の世界に生きている息子には、猫とねずみの確執は理解できないもようです。

高橋信也さんの絵はデフォルメ気味でとてもわかりやすく、よくばりじいさんはいかにも悪そうな顔。

・・・・と私には映るのですが、

「どうして赤い顔をしてるの~?」(息子)

「アカイネー」(娘)と、二人して不思議そうにしています。

 

私が持っているバージョンでは、よくばりじいさんは、ねずみの持っている小判に目がくらんで、猫の鳴き真似をしてねずみを追い払い、小判を手に入れたものの、地下の国から出られなくなってしまい、息がつまって死んでしまいます。

よくばりじいさんが穴の中で困っているのを、通りがかかった?もぐらが見守っている絵で終わります。

 

ちょっと後味の悪い終り方だなあ、と思いつつも最初はそのままさらっと読んでいましたが、息子が

「このもぐらさんがおじいさんをたすけてくれたよ!きっとそうだよ!」と言うので、我が家ではもぐらさんに助けられたおじいさんが改心して幸せに暮らすという結論になりました。

 

ところでこの絵本には解説がついていて、それによると、

古代の死者による根(ね)の国(罪や災いが捨てられる楽園)は、子(ね)の国、つまりはねずみの国。ねずみは神の使いと信じられていた、ということ。

これだけだとなんだかわかったような、わからないような感じですが、昔の人は地底に別の国があり、それは海の向こうの楽園に通じていると信じていた。

そしてそこと現実世界を行き来するねずみは幸運の使者と信じられていた、とそのような説明でした。

日本の昔話には、日本人の精神性や文化がのぞく、といつも思います。

そのあたりが姉の心を掴んで、この本を贈ってくれたのだと思います。


つゆは露

二日連続でポタージュスープを作りました。

たまねぎとセロリをオリーブオイルで炒め、ジャガイモとカブを加え、蒸し炒めしてあらかた火を通し、それから水と塩で煮ます。

この蒸し炒めという方法は、辰巳芳子さんの本で知ったのですが、すぐに煮に入るのではなく、焦げ付かないように炒めて七分柔らかくしてから水を入れます。素材の味を引き出す手法です。

辰巳さんのレシピは、病床にあったお父様のために考えられたもので、このスープは、煮るときにお米か冷やごはんが入ります。

腹持ちもよく、栄養価もUPということなのでしょうか。

それからミキサーにかけて牛乳を少し加えます。

辰巳さんの本来のレシピは、鶏ブイヨンを使うもので、使っている野菜も少し違いました。

そんなわけで反射的にホタテスープを少し使って味を調整したんですが、塩だけ、もしくは塩麹を使ったらいいと、料理の神様のように慕っている人からアドバイスをいただきました。

確かにその方が、素材の味に耳をすますようなスープになります。

そしていい仕事をするのがセロリ。

子供のころは本当に苦手でしたが、このセロリのくせがあるからこそ強さがあるこのやさしいスープです。

人間関係も同じかもしれませんね。

 

辰巳さんの料理はもちろん、文章にはものすごく力があります。

読む度に料理は哲学という確信を抱きます。

「おつゆー露」いつ、どなたがこの言葉を使いはじめられたか知るよしもありませんが、露が降り、ものみな生き返るさまと重ねてあります。私たちの先祖方の自然観と表現力をたたえ、この美しい言葉を心深く使ってゆきたいと思うのです」(「あなたのために いのちを支えるスープ」P4 スープに託すより)

 

先月、ノロウイルスにかかった折には、特にこの言葉が身に沁みました。


未完の贈り物

最近、新聞広告にもよく出ている「未完の贈り物」(産経新聞出版)という本を読みました。

著者の倉本美香さんは、日本航空の元客室乗務員で、現在は米国に進出するアーティストや企業のサポートを行うビジネスコンサルティング会社を主宰しています。

乗務員時代も休職して留学するなど、バイタリティあふれる華やかな人生を歩んできた著者。

その著者が2003年にニューヨークで出産した第一子となる女の子は、目も鼻もなく「両眼性無眼球症」「先天性多発奇形症候群」と診断されました。

さまざまに葛藤しながら、米国で娘の手術を度重ね、懸命に生きている著者の「未完の」物語です。

 

著者はこの本の中で、何度か、健康で生まれることを「奇跡」と表現しています。

著者の母として女性としての強さ

「あたりまえ」のありがたさ

人生に起きるさまざまなレッスンとの向き合い方

いろいろなことを考えさせられました。

テーマは重いのですが、米国の社会の中で悩みながらも前進し続ける著者の姿に、力をいただきました。


おおきいお絵かき

娘との買い物から帰ってきたら、息子が早々に昼寝から起き出して退屈しきっていたので、「おおきいお絵かき」をすることにしました。

普段のお絵かきはテーブルですが、「おおきい」のは、キッチンのカウンターの裏側に新聞紙+包装紙の裏側などの白い大きい紙をマグネットで張り、いつもより太いマジックペンで自由に絵を描かせます。

キッチンカウンターは選ぶとき、裏側はペンで落書きをしても消せる、とお店の人が言っていました。(まだ試してないですが)

なので、少々はみ出してもOKです。

もともと、家を建てたときに、二階の壁はクロスを張らず、漆喰のままにしておきたいという希望を持っていました。

小さいころは好きなだけ壁に絵を描かせ、一定程度大きくなって子供部屋の形にするときに、あらためてクロスを張ればいいのではないかと。

予算とだいたいの間取り以外、そんなに細かい希望はなかったのですが、これだけは工務店の方に最初から強調していました。

しかし、最後の最後で、大工である工務店の社長さんに、「やっぱりクロスを貼らせてほしい。完成したって感じがしなくて」と懇願され、プロというのはそういうものかもな~と思って引きさがりました。

キッチンのカウンター裏でも十分「おおきいお絵かき」は楽しいようで、子供たちは楽しんでいます。

 

ところで最近読んだ脳科学ばあちゃんこと久保田カヨ子さんの「カヨ子ばあちゃんの男の子の育て方」(ダイヤモンド社)にも「壁画を描かせましょう」と書かれている箇所がありました。

「足や腰を動かして、肩を上下させ描くこと、視界を変えてみることなど、体を動かして描く感覚を身につけるのです」(P49)

これが描いて表現する楽しさを身につけることだと著者は言います。

 

私の腰痛の痛みは完全になくなりましたが、まだ違和感はあるので、極力激しい動きはしないようにしています。

一人ずつを連れ歩いてはいますが、二人一緒はまだ。車の運転もしていません。庭も草が茂っていますが、そのまま。

なので、長雨の季節にずっと家の中に閉じこもっているかのようです。

こういうとき、子供たちは「おおきいお絵かき」にはかなり夢中になってくれます。

 

娘が先に飽きてきたので、今度は30センチほどのビニルひもを登場させました。

工具箱にある予備のナットを出してきて、ひも通しをスタート。

息子が比較的簡単にクリアしてしまったので、次は糸を出してきてボタン通し。

これもしばらく遊んでくれます。

 

先ほどの30センチのビニルひも1本を息子が持ってきて、「これで家をつくって!」と言います。

家?

度肝を抜くリクエスト。

ポーカーフェイスで「いいよ~」と答え、わっかにしたひもにままごとのお皿を乗せて、バランスを取ります。

「できたー。これだれのおうち?」と聞いたら「カエルさんのおうち!」という答えが返ってきました。

なるほど、挿絵か何かでありそうです。

これまたしばらく集中してやっていました。

ひもでお皿を吊るす遊びで、均衡について学んでいる・・・かどうかはわかりません(笑)

自力でできるとすごい笑顔になって喜んでいました。

そのうちビニルひものびろびろを広げると、お皿が乗せやすいと気づいたようです。

さらにそのお皿の上に積み木を乗せる、お皿の代わりにままごとの木のお鍋を吊るす、そこへペンを橋のように渡す・・・など遊びが広がっていっていました。

 

それも飽きてきたようなので、ビニルひもをもって、「ぽつぽつぽつダーーーーーー!!!!雨が降ってきたよ~!!」と息子をつつくと大喜び。廊下まで走っていて「また雨やって~」とリクエスト。繰り返すこと8回?9回?これももちます。

太陽=ままごとのおなべや月=布のボールを登場させ、油断したところでまた「ダーーーーーーーー!!」

子供ってこういうのが好きですね。

そのうち(私が疲れてきたので)、ビニルひもを短くはさみで切って束にして渡したら、それを筒状のものに入れて、「いないいないばあ!」と出したりひっこめたりして遊んでいました。先をそろえないと筒には入らないので、これもけっこう手先を使う遊びです。

最後は「コスモスだよ。ママにコスモスあげる」と言って、筒に通したビニルひもの束を私にくれました。確かに広がったビニルひもの先が、花のようでした。

 

長々と読んでいただき、ありがとうございます。

私は独身のころ、子供とどうやって遊べばいいのか全然わからず、子供のツボを心得ている人を見ると、すごいなー!と感心していたものですが、子供はトスさえあげれば、なんでも遊びにしてしまうとわかってきました。

単純に自分のやりたい家事を手伝わせることもありますが、そうでないときは、できれば考えさせたり、指先を使ったり、数字の観念を取り入れたり、そういう遊びを思いつければいいなあと思っています。

この点でも「カヨ子ばあちゃんの男の子の育て方」には共感するところが多くありました。

この本についてはまた後日、詳しく書きたいと思います。

 

この日、主に息子が描いたのは「あかちゃん」だそうです。


「置かれた場所で咲きなさい」

ある方から「置かれた場所で咲きなさい」(幻冬舎)という本をいただきました。

著者は渡辺和子さん。

2・26事件で青年将校に襲撃された渡辺錠太郎を父に持ち、29歳でノートルダム修道女会に入り、米国に留学。

36歳の若さでノートルダム清心女子大学の学長となり、学生を導いてこられた方です。

「はじめに」はこんな一行で始まります。

「修道者であっても、キレそうになる日もあれば、眠れない夜もあります」

 

30代半ばで大学学長となったときに、一人の宣教師に渡されたという短い英詩が、表題の由来となっています。

「神が植えたところで咲きなさい」

「置かれたところで自分らしく生きていれば、必ず『見守ってくださる方がいる』という安心感が、波立つ心を鎮めてくれるのです」(P3)

咲けない日は根を下へ下へと降ろすこと。

生き方論というにはあまりにも柔らかい、話題の本です。すでに21万部を超えたと言います。

 

この本は短い文章とそこから導かれる経言を繰り返す形で構成されています。

印象的だったのはほほえみを絶やさないために、という章に書かれた「私のほほえみは、”神さまのポケット”に入ったのだと考える」(P42)

自分がされてうれしいことを人にする。

もしも自分のほほえみを無視する人がいたなら、それは神様のポケットに入ったのだと考えることにしている、と著者は言います。

読後に温かく、穏やかな風が吹き抜けるような一冊です。

 

 

 

 


「これを食べれば医者はいらない」

若杉友子さんの新刊「これを食べれば医者はいらない」を読みました。

京都・綾部の古民家で、自給自足の生活をされている「若杉ばあちゃん」の「食養論」です。

若杉さんの野草料理には以前から興味を持っていました。

 

ノーミートのお話をいろいろなところですると、必ずといっていいほど、「お肉はタンパク質だからとらないとだめじゃないですか」と言われます。

面白いことに、たいていは年配の方です。

若い世代の方は、いろいろな情報で、お肉は体によいものだと思っていないことが多い、と感じます。

お肉=栄養論を聞く度に、「日本人は昔から肉なんて食べなかったけれども、それで平気だったんじゃないの」と思います。

若杉さんのこの著書の中でも、このことについて触れられていて、とても共感しました。

「昔の日本人は肉や牛乳や卵を食べなくてもちゃんと成長し、子孫を残してきたではありませんか。今生きている私たちが何よりの証拠です」(P87)

カロリーをはじめとする、西洋の食についての考え方を盲信している日本の現状について考えさせられました。

科学的根拠はあるのだろうか、と思う記述もありましたが、これからの日本の食を考えるうえで、ヒントをたくさんいただく一冊です。


「私の保存食ノート」「農家が教える加工・保存・貯蔵の知恵」

「私の保存食ノート」(文化出版局)、「農家が教える加工・保存・貯蔵の知恵」(農文協)という2冊の本を買いました。

「私の保存食ノート」は、先に買った「おいしいノーミート 四季の恵み弁当」のはしがきで、著者の谷口純子先生が触れておられ、さっそくネットで調べてみました。

元人事院総裁の佐藤達夫氏の夫人の佐藤雅子さん(いずれも故人)による著作です。

ネットでレビューを見てみると、ロングセラーの本で、長く読み継がれていることがわかりました。

夏みかんのマーマレード、ふきの葉のつくだ煮など、季節の保存食を中心として作り方が紹介されています。

レシピ、という言葉では少し軽く感じられるような、古き良きものを感じさせる料理であり、本でもあります。

厳しいお姑さまのもとで、料理に磨きをかけられたそうで、品のよい文体がとても心地よく響きます。読み物としても楽しめそうです。

まだざっと目を通しただけですが、実際に作ってみるのが楽しみです。

 

たくさん野菜や果物をいただくときや旬で多く出回るとき、冷凍・冷蔵だけではなくてもっといろいろな保存の仕方を学びたいと思っていました。

もう一冊は、さまざまな地域での加工・保蔵・貯蔵の知恵がふんだんに紹介されています。

タイトルにある通り、農家がたくさん採れる野菜や果物を加工したり貯蔵したりして無駄なく使う、その知恵が盛り込まれた本です。

こちらもじっくり読んで、試してみるのが楽しみです。

 

カメラの調子が少しおかしいようで、写真はまたの機会に~。