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おとなの世界を

一昨日のことです。

 

主人が風邪気味なので、夕方、代わりにお客さんのところへ届け物に行きました。

子供二人もやはり風邪を引いていますが、こちらは元気をもて余し気味なので連れて行きました。

1箇所目。

書類を渡して帰ろうとして振り返ると、別の窓口のおねえさんたちが一斉に子供たちに手を振ってくれていました。

2箇所目。

今度は息子が、玄関から窓口までわずかな距離ですが、書類を持ってくれました。「パパのおきゃくさんだよね!こんにちはっていうね」と張り切っていました。娘は、くかーという感じで熟睡していたので、抱いて行きました。

用事を終えて車に乗ると、息子は「またいこうね。たのしかったね」と何度も言っていました。

おとなの世界をのぞき、ちょっと背伸びした気分になったのかもしれません。

息子はきょうはどこにも行かず、退屈しきっていたのですが、珍しい体験にとても満足した様子でした。

父親の仕事の手伝いをするというのは、普通はなかなかできないと思います。

そもそも、我が家の場合、決まった時間にスーツを着て出かけることはなく、子供より遅い時間に起き出してきて(夜が遅いからですが)一日中パソコンの前に座っているので、子供にとっては父親の仕事がイメージしにくいかもしれません。

またお手伝いについても、時々、プリンターから出力された紙を息子が運んでくれますが、むしろ「仕事場に入らない」ことがお手伝い、みたいなフシもあります。

だからこそ、息子にとっては父親の仕事の世界をほんの少しのぞき、お手伝いができた貴重な体験だったと思います。


祭りは神事 新発田まつり

新発田まつりが今日29日で最終日です。

このお祭りは、市内総鎮守、新発田諏訪神社の例祭をもとにしたお祭りです。

祭りの華は、台輪と呼ばれる三輪の山車。

1700年代に当時の藩主が飾り人形の屋台を出すようにお触れを出したことが始まり、と言われます。

普段は保管場所で窓越しに見ることができる台輪もいくつかはありますが、間近で見ることができるのはこのお祭りの期間だけです。例祭中、諏訪神社の境内に並んでいる美しい台輪を見るのがとても好きです。

 

 

 

 

 

27日の早朝は「奉納台輪」。

朝早くに、台輪は保管されている6つの地区を出発し、「わっしょい」のかけ声や木遣りとともに、諏訪神社を目指します。

三輪の台輪の前輪を持ち上げて激しく打ち付ける「あおり」が新発田台輪の特徴です。

29日の最終日、台輪は再び各地区へ。

6つの台輪が競り合い、ぶつかり合いながら進む「帰り台輪」は別名「喧嘩台輪」と呼ばれます。

町の中心部では、6つの台輪がそろって「あおり」を披露し、祭りは最高潮に達します。

台輪にはそれぞれ、旧町名を基にしていると思われる「下町わ組台輪」「三ノ町い組台輪」「四ノ町し組台輪」などと言った名称がついています。味わい深く、名前の記された提灯やはっぴを見るだけでいつもうれしくなります。

 

・・・と書いていますが、実は「奉納台輪」を見たことはあるものの、今まで「帰り台輪」を見たことがありませんでした。

昔ほどではないにせよ、もみ合いもあり、混雑もあり、妊婦や乳児連れはやめた方がいいと言われるからです。

今年は子供もそれなりに大きくなったので、初めて見ることができました。

子供のころ、怖い思いもしたという主人は、今は昔ほど荒っぽくないと言います。

 

台輪には祭りの関係者が乗り込んでいて、先頭部には「頭取」「副頭取」「小頭」と書かれた提灯を手にした人たちが立っています。

「奉納台輪」のときには、そんなには思わなかったのですが、激しく上下に打ち付けられる台輪の先頭で、この方々は全く姿勢を崩さずに立って、組の男衆を仕切っていました。

沿道との境では消防団の方々などが紅白の幕を持って立っていて、台輪の男衆がなだれ込まないようにしてくださっている形でした。

台輪を曳く人の中には、軽いけがをして沿道で手当てを受けている人のほか、救急車で運ばれている人もいるようでした。

一年で一番、新発田に活気があるのは、祭りのこの3日間のように思います。お盆ではなくこの祭りに合わせて帰省する若い人たちも多いと聞きます。その気持ちがわかるような気がします。

 

 

 

 

 

台輪は各地区の氏神さまのもとを出発して、諏訪神社に奉納され、そして再び戻っていきます。

お祭りの期間中は、子供も大人もみんな諏訪神社に参拝します。

神とともにある祭りです。

古式ゆかしく行われているという、例祭中の移御式、渡御式についても、今後詳しく知りたいと思っています。


整理収納のこと

片づけをするのが好きです。

子供が小さいのでまとまって時間を取ってやることはあまりできませんが、家事のついでに一か所、二か所と片づけています。

整理収納アドバイザーという民間資格があることを知り、取得しようかとも思ったことがありましたが、片づけというのは結局、いかにものを持たないか、ということに尽きるところがあって、小手先の分類法をアドバイスするのでは根本的に解決しないのでやめました。もっともそこまでアドバイスするのがその資格のお仕事なのかもしれませんが、必要なものだけを持つというのは生き方なので、ほかの方にお伝えするのはとても難しいですね。

きょうは台所を少し片づけました。

シンクの下に入れている重曹やクエン酸、酸素系漂白剤といったたぐいのものを、整理しました。

これらは買ってきたパッケージのまま置いていましたが、見た目がごちゃつき、袋の中から移動させるときにこぼれたりするので、100円ショップで買ってきた透明な容器に移し替え、テプラで名称を貼りました。

ついでに、ごみ袋を入れている棚を見直し。こちらもパッケージに入れたまま、取り出し口から引き出して使っていたのですが、一枚だけ取り出せずに少し手間取っていました。全部取り出して一枚ずつにばらし、もてあまし気味だった書類トレーに分類して、こちらもテプラで「大」「中」とラべリング。

さらにコンロの下の収納を見直しました。

床に近い引き出しと、その上にお鍋などが入る大きなスライド式の収納があります。

上の方にお鍋、下の引き出しにざるを入れていたのですが、ざるというのは私の場合、毎日必ず、場合によっては毎食の準備に使うもの。

その度にかがむのが、小さいとはいえ、手間と感じていました。

登場機会の少ないお鍋を一番下の引き出しに移し、ざるやボウルを上へ。

さらにこれまた100円ショップで買ってきたプラスチックケースに、お鍋のふたを立てて収納。

おかげでざるが加わっても十分スペースを確保できました。

重曹を容器に移し替えるときにちょっとこぼれるとか、ごみ袋が一枚ずつ引っ張り出せないとか、ざるを出すたびにかがむというのは、実に小さな、ストレスというのもはばかられるような手間ですが、こういう漠然と感じているストレスを、収納や整理の変更によって解決して、動作をスムーズにするのがとても好きです。

 

ものを機能的に配置するということは、そのいのちを生かし切るということにつながると、私は思っています。

また家事の動作に無駄がなくなると、使う道具や材料との一体感が高まる気がする、というとオーバーでしょうか。

そんなわけで、きょうはとても晴れやかな気分でやすみます。

 


1000キロの旅

東京で4月28日に行われた生長の家の白鳩会全国幹部研鑽会に参加し、その足で山口へ向かいました。

子供が小さく、二人いると荷物がとてつもないので、公共交通機関ではなかなか厳しいものがあり、自家用車利用です。

研鑽会会場の飛田給から東名高速に上がるまでは渋滞していて、一日会場で遊んでいた子供も汗をかいてつかれ気味だったのですが、主人が夜中に走った方がいい、と強固に主張するのでそうしました。

高速は極めて空いていて、快適なドライブでした。

2時間ほどで、東名の足柄SAに到着。

ここにはお風呂があります。いわゆるスーパー銭湯のような感じで、2時間以内で大人一人600円。

仮眠をとるスペースもあります。

まだ大浴場に慣れない娘は泣いて大騒ぎ~(´ー`~)

息子は唇を結んで静観していました。

お風呂はまだ混みはじめる前だったのですが、入っていたほかの方々が口々に話しかけてくださり、

泣きわめく娘にも「初めての大きいお風呂ってそうですよねー、懐かしい」などと言ってくださるので

とてもありがたかったです。

お風呂でさっぱりして、食事をとらせると子供たちは満足して眠りました。

チャイルドシートに固定されたままでは体が痛くなるので、2時間おきに休んで起こして体勢を変えさせましたが、それでも朝7時には山口に着きました。

私は長距離の場合、いつもは3-4割を運転しますが、今回の研鑽会で事例発表をさせていただき、

前日緊張で目が覚めたりなんだりと睡眠不足だったので、約2時間運転しただけで主人に交代してもらいました。

主人が調べたら、新潟ー山口と東京ー山口はそんなに大きく距離が違わなかったそうです。

無事に帰ってくることができ、主人に感謝です。

束の間ですが、ふるさとの景色、空気に癒されています。


偉大なるかな、教えの母よ

 

偉大なるかな 教えの母よ

現世(うつしよ)を去りし後にも

われらの行く末を照らす

時は巡るとも 不動の真理がここに

静謐なる言は 魂をゆり動かし

神の愛をたたえたまなざしに 迷妄の雲は晴れゆく

私を滅して他に奉ず 崇高なる魂は永遠のあこがれ

われ 真理の灯を手に 後に続かん

姉妹(はらから)と手を携え 後に続かん

輝ける道を 駆けゆかん

(2011年7月31日、tekkochanさんのお誕生日に寄せて.

2012年4月24日、加筆修正)

 

きょう、4月24日は谷口輝子聖姉の24年祭です。

私は輝子先生の教えを、著作によって今もいただくことができることを幸せに思う一人です。


「おいしいノーミート 四季の恵み弁当」

生長の家の白鳩会総裁、谷口純子先生の新刊「おいしいノーミート 四季の恵み弁当」が日本教文社から本日発売となりました。

谷口純子先生のブログ「恵味な日々」の記事をもとにした本です。

ずっと以前から、書籍化され、一般の人にもご案内することができたらと思っていました。

著者が夫のために作っておられるお弁当のレシピを中心に、肉食忌避の必要性や自然の豊かな恵みに

感謝することの大切さなどが、エッセーと写真でつづられています。

レシピはすべて肉類を使わず、フードマイレージや健康にも配慮したものです。

 

食卓を見直し、肉食をできるだけ避けることの大切さについて語られるとき、頭から無理だと

おっしゃる方もおられます。

ごくごく私見であることをお断りしておきますが、実は年配の方にままそういう傾向が見られます。

特に60代くらいの方は、肉=豊か、肉=丈夫になる、というイメージを強くお持ちのようです。

肉をやめられないのは若い人、と思われるかもしれませんが、若い世代が肉を選ぶとしたら

それは安さ、手軽さが理由であることが多いように思います。

肉食を避けたら食卓がとんでもなく貧しくなるのではないか、食べる楽しさが味わえないのではないか、

そう思われる方にぜひこの本をお勧めしたいと思います。

お肉がなくても、十分に豊かでおいしい料理が作れるということが、示されている本です。

 


にほんのくには どんなくに

にほんのくには どんなくに

みずとみどりがうつくしく

いきものたちはさんざめく

あさひをおがみ

ゆうひをおがみ

めぐるきせつをよろこんで

つつましくくらす ひとのくに

こころのまあるい ひとのくに

 

にほんのくには どんなくに

ゆたかなうみにかこまれて

しずかなもりにいかされて

あさひをおがみ

ゆうひをおがみ

すべてのいのちを尊んで

しぜんとともに いきるくに

せかいのてほんに なれるくに