カテゴリー別アーカイブ: つれづれ

きょういただいた絵手紙

「さばくのオアシスに建った家、どんな家?」

夢のある絵です。

スキャナしようかと思ったのですが、息子がカメラで撮ろうと苦戦していたので、写真にしました。

私も絵手紙を日常にしたいものです。

とあるデパートに売られていた小物入れだということでした。

くださった方に深謝。


右脳、左脳バランスよく

偶数月の上旬は、参加している短歌会の歌誌の版下作りをしています。

そんなこともあって、更新が滞りがちでした。

きょう、ようやく目処がつき、これまた滞っていた別の仕事も終えて、ほっとしています。

今号はスタートが少し早かったので、ここ3週間ほど、夜は版下作成。

昼は何もないときは、子どもの入園グッズを作っていました。

以前にUPしたものもありますが、明日以降、まとめて紹介したいと思っています。

レッスンバッグ型の絵本袋&着替え持ち帰り袋、リュック型の着替え袋、靴袋、お弁当袋、娘のエプロン・三角巾などなど。

かなり不安だった入園グッズは一通り、なんとか自力でできました。

裁縫というのは、右脳を使う行為だと思いますが、頭が無になっていくような心地よさがあります。

版下作成は、ビジュアルという面では右脳ですが、校正も含めた作業で、ずっと言語に触れているので、こちらは左脳かと。

感覚で言いますが、どちらもバランスよく使っている心地よさ、みたいなものがありました。

もともと、言葉に関する仕事をしていることもあって、たえず言語に変換して考えがちなところがあり、右脳が活性化されていないことが多いと自分で感じます。

現代は左脳偏重と言われますが、こうして意識的に右脳を使う場面を、生活に取り入れていきたいと思います。


不便な中に

今朝は6時過ぎに出張に行く主人を駅まで車で送って行きました。

子供は比較的機嫌よく起きて、お弁当の準備も手伝ってくれました。

お弁当箱を袋に入れて、子供二人で持って、仕事部屋の主人に「おべんとうですよー。ママがつくってくれましたよー」と運んでいました。

12月に軽自動車を手放して、車を1台にしてから、何度か出張に行く主人をこうしてみんなで送っています。

子供も乗せていくので、朝早く起こしてぐずぐず~ということもありますが、朝早くの短いお出かけはなんだか楽しいようで、駅で別れるときには機嫌よく手を振っています。

 

結婚して新潟へ移ってきたとき、主人の当時の車は私には運転できないマニュアル車でした。

最初はレンタルショップに行くのも、一時間に一本のバスに乗っていましたが、あまりにも不便だったので、車を二台もつことになりました。公共交通機関が充実したところではないので、周囲も「一人一台」という家庭が多く、当然のようにそのままきたのですが、今住んでいるところは、お店や金融機関が近く、車に乗る機会が減ったので保険の更新を機に思い切って手放しました。

主人は自宅で仕事をしていますが、当然出かける用事もあるので、自分で車を使う予定を伝えて調整しています。

予定がかち合うこともあり、多少の不便さもありますが、身軽な気持ちよさがあります。

今までは出張に行く際に、車で新潟駅へ行き、車は駐車場に止めて新幹線で出かけていましたが、今は地元の駅から電車で行くようになりました。夜遅くなると不便さを感じることもあるかと思いますが、こうしてみんなで送って出かけなくてはいけないことが逆に楽しく思えます。

車が不可欠な地域であるとはいえ、2台→1台を不便になったとは言ってはいけないと思いますが、あえて不便と言う言葉を使えば、その中に見えてくるものやそこでしか得られない楽しさがあるように思います。

そのうち子供が大きくなれば、もっと公共交通機関を使う機会も増えていくと思います。

その日もまた楽しみです。


降りました

今シーズン初の本格的降雪でした。在来線の一部は止まっていたようです。

どうしても急ぎの調べ物があり、図書館へ。

降り始め、つもり始めの運転は少々憂鬱ですが、主人が運転してくれて、調べ物をする間、子供と絵本のコーナーで待っていてくれました。

 

きょうは朝早く、出張に行く主人を車で送っていくので、昨夜のうちに雪かきをしました。

夜には粉雪に変わっていました。

北海道を含めると雪国暮らしも十年を超え、少しは雪かきもうまくなった。。。と自分では思っています。

車が動けるくらいまで何とか掘り出すと、もう汗びっしょり。

ほかほかでした。

 

きょうは新潟市内の生長の家の教化部で勉強会の予定でしたが、雪で中止。

子供と外で遊び、のんびり過ごします。


新しい挑戦

書きたいことはたくさんあるのですが、更新が追いついていません。

 

ひょんなことから参加している短歌の会の歌誌の編集をお手伝いさせていただくようになりました。

発行は二ヶ月に一度で、校正と版下作りです。

短歌は表現のチャンネルを増やしたくて始めたことで、短歌会も一人でやるよりはうまくなるだろうからと軽く考えていただけなので、

こんな関わり方をすることになろうとは思っていませんでした。

 

以前勤めていた新聞社では、希望の有無にかかわらず、すべての記者に内勤業務である整理部署を経験させるようになってきていましたが、

私は外勤を3部署まわって辞めたので、やっていません。

見出しをつけたり、組み版をする整理部門が向いているとはとても思えなかったので、自分ではラッキーと思っていました。

こんな巡り合わせで、今自分で組み版を経験することになるとは。

でも今までがすべてそうだったように、巡ってくる出来事はいずれ必ず役に立つことなのだと思っています。

 

校正は校閲部署を経験していなくてもある程度自信がありますが、組み版は初めて。

一太郎を使ってのことで、今回任されたのはかなり平易なレイアウトですが、全体の編集の流れや作業方法など覚えることはままあり。

引き受けることになってすぐに製作がめぐってきたので、怒濤のような数日を過ごしていました。

作業は子供が寝ている夜中に限られ、本業も当然あるので、パソコンの前にいる時間の密度がとても濃くなりました。

それでも新しいことへの挑戦にワクワクしています。

 

家族を最優先という原則を忘れず、できる限り、いのちいっぱい一日を駆け抜けたいと思います。

 

 

 

 


夫の日記

主人とその実家は、よく言えば非常に物持ちがよく、主人と二人の義妹の参考書や教科書類がいまでに取ってあります。

少しずつ身軽にしたら、と、実家の棚の中にある主人の分のそういった書籍類を処分することにしました。

ノート、参考書、教科書。なんと小学校時代から高校のものまで、300冊余りはあったのではないでしょうか。

高い棚に入っていたので、それを下ろしてまとめました。

 

その中にノート数ページ分の主人の日記らしきものを見つけました。

そういう習慣はない人なので、誰かに言われて書いたものなのでしょうか。学校の先生らしい人のコメントもついていました。

 

主人は小学校のときに、東京の病院で大きな手術を4度受けています。

日記はその時期のもののようでした。

ちょうどクリスマスから年明けにかけてで、一日分は3行ほど。

友達が退院したり、外泊したりといった病室の変化や、年末年始の入院生活の様子に、少しさびしさがうかがえました。

入院で勉強が遅れてはいけないと病室で義母は一生懸命、主人にドリルをやらせていたと言います。

そのドリルも取ってありました。

小学生の身で一人入院して何度も全身麻酔の手術を受け、街が華やぐ時期に病院生活を送っていた子供のころの主人を、リアルに感じました。

そういえば、以前、私が子供のチャイルドシートのカバーの洗濯に往生していると、主人が器用に足踏み洗濯をしてくれて、入院していたときに病院で大人がやっているのを見て覚えた、と言っていました。

 

ところで今ではなかなかそうはいかないでしょうが、当時の主治医の先生とはお宅に遊びに行ったりして実に親しくさせていただいたそうです。

その先生は3年ほど前に亡くなり、奥様が「子供が好きだったので、お子さんをお連れになったら喜びましたでしょうに」という丁寧なお手紙をくださいました。

実にあたたかいご縁に恵まれ、いろいろな経験があって、今の懐の深い主人がいるのだという気がしました。


洋服管理

きょうも冷たい雨の一日。雨と雷の多いこの季節を迎えると、冬の到来を感じます。

朝食後の時間を使って、衣類の整理をしました。

 

人に会う職業だということもあって、独身時代にはガンガン洋服を買っていました。

多いのはジャケット+スカートというスタイル。

これが仕事の時は別として、子育て中はなかなか使いにくいアイテムです。

その上、20代のころに買った服は、黒っぽい色が多く、そのままでは着づらいものが。

若いころ、黒を好む人は多く、実際若ければ似合うと思いますが、30代になってくるとくすんで見えてしまうからです。

さらに年齢を重ねてくると、それなりに投資した服でもデザイン的に全然似合わない、という問題が発生。

というわけで、ここ数年、着ない服は、どんどんリサイクルに出しています。

 

最近、姉に譲ってもらった服も相当数あるのですが、テイストが全然違って着こなせていないものがあるので、これらを中心に

コーディネート研究(という大仰なものではありませんが。。。)です。

着る機会の少ない服を中心に、どの組み合わせなら着られるか、冬物を全部引っ張り出して点検し、着れそうなコーディネートをデジカメに収めました。

意外と合う色、デザインが見つかり、何を買い足せばいいかも見えてきました。

 

こうして服を点検してみると、似たような服をつい買ってしまっているケースが多いと言います。

私にも確かにその傾向があり、それでいて肝心なものが欠けているという実情。

これからは手持ちの服は極力数を抑え、シンプルに長く使えるものを求めていけたらいいな、と思っています。


昨日の小話

昨日、実家の父が知り合いのりんご園に注文してくれていたりんごが一箱届きました。

山口の島根県寄りにある徳佐という地域には、スキー場があり、りんごの産地でもあります。

ひところ、りんごの南限と言われていましたが、今もそうなのでしょうか。

蜜が見た目にもたっぷりなのが特徴です。

 

体調不良の子どもたちも、りんごの箱に歓声を上げました。

息子が一つ持ってお仏壇へお供えし

「ほとけさま、やまぐちからりんごがとどきましたよ。どうぞ~」と言ってチーンとおりんを鳴らしていました。

心温まる光景でした。

 


日常の奇跡~生き返った携帯電話

4日ぶりの更新です。

七五三のお参りをした14日の夜、近くに住む義母が、激しい嘔吐と下痢に苦しみ始めました。

何か食べ物にあたったのだろうか、と言っていたら、翌15日、私も気分が悪くなって嘔吐し、主人もお腹を下し。

(義父もお腹をこわしましたが、こちらは構わずゴルフの打ちっぱなしに出かけていきました。。。)

この感じ、身に覚えがあります。

ノロウイルス。

ちょうど2年前にも同じ症状になりました。

私は嘔吐だけで、主人はおなかだけなのも同じ。

こうなるとひたすら寝て通り過ぎるのを待つだけです。

訪ねてきていた実家の父には何事もなかったのが幸いでした。

 

私と主人がようやく落ち着いてきたと思ったら、今度は娘が夜中に嘔吐。翌日に下痢。

その日にいつもは健康花丸印の息子も嘔吐。やがて下痢。

子供二人は嘔吐や下痢をしつつも元気で遊びまわっているのが幸いでした。

しかし最初に嘔吐が続く状態では、ひっきりなしに洗濯物が発生。

シーツ、布団カバー、パジャマ、抱いているときであれば私や主人の服も。。。

というわけでバケツは満員御礼。洗濯機もフル稼働していました。

そんなとき、ひっかけていたはんてんにも少し娘の吐しゃ物が飛び散り、少し水に浸してあわてて洗濯機へ。

ポケットに携帯電話を入れたままだと気づいたのは、脱水も残り5分という状態でした。

 

先月、他社から乗り換えて買ったばかりのiphone5。

修理をしたとしても、違約金を払って解約したとしてもかなりの高額です。

家族全員の体調不良に携帯電話の洗濯。

その上この前日買ってきた「お刺身用」と書かれたイカには、もろにアニキサス風の虫あ5匹もついていて食べるのを断念しました。

洗濯の件は不注意とはいえ、泣き面に蜂というのはこういう状態でしょうか。

主人が「ぶははは、やっちまったねー」と明るく笑い飛ばしてくれたことに救われました。

これを機に携帯を持つのをやめようかと思いましたが、「(乾燥剤の)シリカゲルと一緒にしておくと水分を出して直ることがあるらしいよ」と食器棚をごそごそしながら主人。

シリカゲルはないので、精米したお米をボウルに入れてその中に入れておきました。

お米の中に、というのも主人が以前ネットか何かで読んだそうです。

 

こういうときに悲観的な気分に浸っているとよくないことが次々起こるパターンです。

腹が立たなくていいことにイライラしたり、八つ当たり気味になるー

こういうときは運命の回転数を変える気分になることにします。頭の中で猛烈にペダルをこぐイメージ。

ぶつぶつ負の気持ちが湧いてきたら、ありがとうございます、と唱えることに変える。

まずは合間を見て年賀状書きを完成。

月末にかかるいろいろな作業も、夜中にがががっと終えました。

出すべき郵便物なども月末には多いので、そのスタンバイも完了。

主人に頼まれていた仕事も、子供と一緒にテレビを見ながら完成。

 

そうこうしているうちに2日が過ぎました。

2日間、お米のボウルの中で眠っていた携帯電話に今朝、主人が電源を入れてみると、入るではありませんかー!

通話も普通にでき、機能も問題なし。

完全に乾燥させるにあたり、途中で電源を入れないことがポイントだそうですが、実は主人にくぎを刺される前にばしばし電源を入れていた私。。。。

絶対無理だろうと思いましたが、携帯はちゃんと復活していました。

 

携帯電話もよくがんばりましたが、お米ってすごいと思いました。

水分をしっかり吸い取ってくれたであろうお米は、今晩大事にいただきます。

 

陰極は必ず陽転する、とオーバーにも思ったことでした。

長々と読んでいただき、ありがとうございました☆


父来たる、父帰る

実家の父が山口から訪ねてきて2泊し、昨日のお昼すぎに帰って行きました。

18歳のときに上京して以来、故郷以外で会う父は小さく見える気がして苦手だ・・と常々思っていましたが、70を少し超えてもとても元気でした。

身支度やおみやげなど細部にわたって、母親が真心を尽くしている様子がうかがえ、こちらにも感謝でした。

 

私が帰省するのは1年に1度か、多くても2度。

父が新潟に来るのは結婚式を除いて2度目です。

子供たちにとっても、そうそう会えるわけではない「おじじ」はいったい、どんな存在なのだろうと思っていましたが、あっという間になついていました。

娘は本を引っ張ってきては読んでくれるようせがみ、息子はいすに座っている父のとなりに自分の子供いすを引っ張って行って、覗き込むように会話をしていました。

父が少し横になろうかというと、すかさず息子がふとんを敷き、どうぞ、と言っているのをとてもほほえましく思いました。

 

帰る日の午前中、子供たちにいなり寿司を作ってもらいました。

材料は私が調え、油揚げは煮ておきましたが、ごはんの味付けと詰める作業は父+子供たちです。

娘は「おいちーおいちー」と詰めるはずのスプーンを持ったまま、大きなボウルのごはんをどんどん食べてしまっていました。

息子はスプーンでごはんを詰め、それを父が調えていきました。

 

空港に送って行くと、子供たちはお昼寝の時間でもあり、シートにもたれて寝ていました。

父が「バイバイ」と声をかけると、息子は夢うつつに手を振り、娘は「元気でね」という呼びかけに、目を閉じたままこくんと頷きました。

家に帰ってから、息子はつい父がいるかのように思うのか、「おじじー」と呼びかけて、いないんだった!というような顔をしていました。

 

父が元気でいること、会いに来てくれることをとてもありがたく思いました。

 

昨日の夕方に山口に帰り、今朝はいつも通り元気に仕事に出かけたと言います。

家に電話をかけたら、もう出かけたあとで、電話に出た母が「とてもいい顔をしていた」と言いました。

ほとんど目の見えない祖母も「そうじゃね、とてもいい顔じゃったね」と言っていたそうです。